2020.8.11 |
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テクノロジーと無縁だった業界で起こっているパラダイムシフト |
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ビジネスデザイナー、佐々木康裕氏の心に響く言葉より…
今、消費者向けブランドの業界が、D2C(Direct to Consumer)という「テック×小売り」を実現した新しいスタイルの業態によって次々とシェアを奪われている。
その様子は、2007年にiPhoneが登場して以降、次々と新しいアプリケーションが生まれ、既存の業界がディスラプト(破壊)された姿に似ている。
D2Cが登場して以降、その震源地アメリカでは、衣料品や生活消費財などの業界でいくつかの企業が存続の危機に立たされた。
D2Cの定義は、以下のようなものだ。
『新しい消費の価値観を持つミレニアル世代(平成初期・1989年〜1995年に生まれた世代のこと)以下のターゲットに対し、ユニークな世界観を下敷きにしたプロダクトとカスタマーエクスペリエンス、SNSや店舗を通じた顧客とのダイレクトな対話、垂直統合したサプライチェーンを武器に、VCから資金調達を行い、短期間に急成長を目指すデジタル&データードリブンなライフスタイルブランド』
AmazonをはじめとするEコマースが生活に浸透する中、伝統的な小売店舗は瀕死の危機にある。
日本ではまだ地方を中心にショッピングモールが根付いているが、アメリカでははるか前にそのフェーズは終わった。
現在、全米のショッピングモールの約3分の1がテナントの撤退で閉鎖の危機にあるとも言われている。
1980年代初頭まで全米第1位の小売業者であり、アメリカを代表する百貨店であったSears(シアーズ)は、2018年に破産法の適用を申請。
2016年には傘下に約1600もの店舗を持っていたが、現在は約200にまで減っている。
他の百貨店のメイシーズ、JCペニー、その他にも、アメリカの代表的なドラッグストア・ウォルグリーン、玩具大手のトイザらス、衣料品大手のギャップなども多くの店舗を閉鎖。
2017年だけで約1億平方フィート(東京ドーム200個分)、2018年は50%増の約1.5億平方フィートもの店舗面積が消え去った。
そんな小売業界の衰退を横目に、D2Cブランドは次々とリアル店舗を開店している。
GucciやPrada、Appleストアなどの高級ブティックが並ぶニューヨークのソーホー地区は、数えきれないほどのD2C店舗が並び、毎週のように新しい店が作られている。
今やその一帯を、「D2C通り」と呼ぶ人もいるほどだ。
マットレスを取り扱うCasper(キャスパー)や、メガネを扱うWarby Parker(ウォービーパーカー)などのD2Cブランドは、今後数年で100店舗単位で新規のリアル店舗を開いていくという。
D2Cはデジタルと、ブランディングやカルチャー創出という、今までは遠いところに存在していた強力な力が合わさった業態であり、単なる一過性の「ブーム」ではない。
D2Cという言葉の裏で、大きな地殻変動が起きていることは間違いない。
また、D2Cが起こした、顧客とのブランドの関係の質的変化は不可逆であり、今後、多くの業態に影響を与えていくだろう。
D2Cはクリエイティブの活用や顧客体験の差別化、デジタルを活用した事業のグロースが大きな特徴だ。
将来的に、小売りの歴史は「D2C以前」「D2C以降」と分類されて語られることになるだろう。
D2Cというモデルは、
●顧客との関係
●ものづくりのプロセス
●ブランディング人材・組織
●プロダクトの売り方
など様々な側面で不可逆の変化をもたらした。
2018年10月、アメリカの寝具マットレス最大手の「Mattress Firm(マットレスファーム)」が破産法の適用を申請した。
Mattress Firmは、創業1986年、全米で3300もの店舗を持つ巨大チェーン。
驚くべきは、この破産の引き金を引いたのが、創業わずか4年程度の生まれて間もないD2CブランドのCasperだった、という点だろう。
これは、マットレスという個別の業界で、ある老舗企業が潰れ、新興企業が急成長を遂げた、という話ではない。
Mattress FirmとCasper の話は、ブランドと顧客の関係の変化、小売業界に起きているパラダイムシフトの象徴でもある。
スーツケース、メガネ、髭剃り、スニーカー、化粧品、ペットフード、アクセサリー、家具…
こうした、従来ならテクノロジーと無縁だった業界で、同じような地殻変動が次々と起きている。
これまで、こういった業界のブランドは、デジタルやインターネットサービスのようなスピードの速い業界と比べると変化が緩慢であった。
しかし、アパレルや日用品などの業界で、顧客と直接関係を築き、直接販売をするD2Cブランドが数多く登場し、多くの顧客の支持を集め始めるどころか、それまでの業界の秩序を揺るがし始めている。
Mattress Firmはこうした、欠陥だらけのユーザー体験を何十年間も改善しないまま、業界首位を守り続けてきた。
「マットレスをオンラインで買う人間なんていないだろう」と考え、デジタルへの投資もさして行わず、旧態依然とした販売手法を連綿と続けていた。
そしてMattress Firmだけでなく、業界全体が、その変化の少なさに安住していたのだ。
しかし、革命的な製品とエクスペリエンス、共感を生む世界観を備えたCasperという会社が誕生してから、状況は一変した。
Casperは、2014年にニューヨークで5人の若者が創業したマットレスを販売するスタートアップだ。
彗星の如く現れた同社は、瞬く間にシェアを広げ、急速に伝統的なマットレスメーカーのシェアを奪っていく。
Casperの売上は創業初月に1億円、最初の12ヶ月で100億円。
2年目には200億円に達した。
2018年の売上は約400億円。
その勢いはとどまるところを知らず、2019年初めには、北米地域だけで、200もの店舗を出すことを発表している。
Casperは、購買体験の欠陥を潰しただけでなく、単なるマットレス「メーカー」の枠組みを越え、雑誌やポットキャストなど、メディアカンパニーのような取り組みも行っている。
一定以上成長したD2Cスタートアップには、データサイエンティストが数十人はいる。
社員の10〜20%にあたる規模だ。
一方で、伝統的なアパレルプランドでは、どれだけ規模が大きくとも、データサイエンティストが1人もいない会社が多い。
D2Cブランドはもちろん、ものづくりの会社ではあるが、もの自体のクォリティだけを必ずしも競争優位の源泉とはしていない。
D2Cブランドはものづくり企業として見るより、テック企業として見た方がその本質をより深く理解できるだろう。
D2Cブランドは創業当初から大量のエンジニアや、SNSマーケティングのプロを揃える。
データ分析やSNSを通じたコミュニケーションを積極的に行い、また、それぞれの施策の結果を細かくデータを取り分析していく。
『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 (NewsPicksパブリッシング)』
『CasperのCEOのフィリップ・クリムはこう語る。
「Nikeは、運動をするアクティブなライフスタイルを魅力的なものにし、Whole Foodsは健康的な食生活を誰もが手が届くものにした。
運動、食事に加えて、睡眠がウェルネスの第3の柱になる」
睡眠を通じて新しいライフスタイルの実現、さらに言うと、新しいカルチャーの創出を目指している。
またニューヨークでは、The Dreameryという昼寝専用スペースもオープンした。
広々とした空間内にベッドが点在し、25ドルで45分昼寝することができる。
予約はWebサイトから可能だ。
Casperでは、マットレスというプロダクトではなく、「睡眠」を中心としたライフスタイルが売り物になっていることがわかるだろう。
D2Cは「小売りのミレニアル世代化」とも言われる。
これまでの古いユーザー体験やコミュニケーションに慣れた世代ではなく、デジタルの発達とともに育ち、新しい消費の価値観を持ったミレニアル世代に対してものを届けていく。
D2Cのイノベーションを考える上ではこの「対象マーケットのシフト」も非常に大きなポイントだ。』
今、小売業界では大変革が起こっている。
地殻変動ともいうべきパラダイムシフトだ。
それが、このコロナ禍で一気に加速している。
これは、今までテクノロジーと無縁だった業界で起こっているパラダイムシフトだ。
つまりこのパラダイムシフトは、規模の大小にかかわらず、製造業や小売業、サービス業を問わず、全ての業種、産業に起こるということだ。
この大きなパラダイムシフトを乗り越えたい。 |
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