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2020.7.10

ネットビジネス進化論

IT批評家、尾原和啓(おばらかずひろ)氏の心に響く言葉より…

世界経済が新型コロナショックに揺れた2020年5月、GAFAM5社の時価総額が、ついに東証1部約2170社の時価総額の合計を上回りました。

各国でロックダウンや外出自粛が続く中で、リアルベースの日本企業が企業価値を下げる一方、ネットを中心としたGAFAMは、むしろ価値を伸ばしたのです。

とはいえ、この傾向は、コロナによってビジネスや生活様式がまったくあたらしいものに変わったからというよりは、これから10年単位の時間をかけて起きるはずだった、すべての活動がオンラインになる「アフターデジタル」の世界が、コロナによって一気に実現に向けて動き出したから、と僕は考えています。

2019年3月に出版した『アフターデジタル』(日経BP)において「もはやオフラインは存在しない」と書きましたが、コロナによって強制的にオフラインを封じ込められたら僕たちは、オンラインを中心としてネットビジネスへの進化を余儀なくされています。

「ストレス=摩擦」がない状態を「フリクションレス」といいます。

何かをするたびにひと手間、ふた手間かかると、どうしても面倒くささが先に立って、それをする気力をなくしてしまいがちですが、思いついたことをすぐに実行できるなら、実際にやってみる人は増えるはずです。

つまり、「やりたいことがすぐにできる」ことそのものに価値があるのです。

グーグルは「知りたいことがすぐにわかる」から、アマゾンは「ほしいものがすぐに手に入る」から、フェイスブックは「知りたい人の近況がすぐにわかる」から、LINEは「話したい友だちとすぐに連絡が取れる」から、ユーザーに広く受け入れられました。

スポティファイは「聞きたい音楽がすぐに聞ける」から、キンドルは「読みたい本がすぐに読める」から、実際に音楽を聞いたり、電子書籍を買ったりする人が増えたのです。

同じように、「お金を払いたいときにすぐに払える」「お金をもらいたいときにすぐに受け取れる」キャッシュレス決済も、世の中にこれまで以上に浸透し、ユーザーの行動パターンを大きく変える可能性を秘めています。

考えてみれば、インターネットも、情報同志がつながったことで、あらゆる情報へのアクセスがフリクションレスになったからこそ、世の中に大きな変化をもたらしたのです。

お金のやりとりがフリクションレスになれば、それと同じか、それ以上のインパクトがあるはずです。

何かができるように手助けすることを「イネーブラー(enabler)」といいます。

「キャッシュレス化=フリクションレス化」は、「自分の好きなことが商売になったらいいな」という個人の想いをかなえるきっかけになります。

従来なら「こんなのは商売にならない」とあきらめていたような小さなことでも、支払い関係の苦労から解放されれば、ビジネスとして成り立つ可能性があるのです。

これまでは飲食店を開くには代金を入れておくレジが不可欠でした。

お金を扱う以上、現金を盗まれないような防犯対策が必要で、閉店後もレジの清算処理をしたり、売上を銀行に預けたりする必要がありました。

しかし、アプリで注文、アプリで支払いも完結という中国では、最初からレジがない店が増えています。

レジがなければ注文を受けた順に料理をつくって渡すだけでいいので、そもそも注文を受けるだけの店員もいりません。

そのため、テイクアウト専門で店舗面積が1坪(たたみ2畳分)未満の、小さなお店が急激に増えています。

レジの代わりにタブレットが一つ置いてあるか、QRコードが貼ってあるだけです。

お店が終わったら、掃除だけしてすぐに帰宅できます。

お金のやりとりから解放されると、やるべきことがシンプルに、明確になり、そこだけに打ち込むことができるので、出店のハードルが極端に下がるのです。

その結果、たとえば、定年退職したおじさんが、趣味のコーヒーを人にふるまうために1坪店舗を出すといったことが、ごく当たり前になってきます。

『ネットビジネス進化論 何が「成功」をもたらすのか』NHK出版


本書に「信用スコア」についてこう書いてあった。

『そもそも、信用スコアが高いと、サービスを受けるときに優遇されたり、煩雑な手続きをショートカットできたりするのでしょうか。

それは、「人を疑うコスト」を減らしてくれるからです。

これまでは、たとえば賃貸住宅を借りる場合、収入を証明する書類や保証人が必要でした。

不動産会社は、借り主がどれくらいの規模の会社に勤めているか、年収はいくらあるか、保証人(親)の経済状況はどうかまで見て、家賃の支払い能力があるか、危険人物でないかを調べます。

つまり、「この人は信用できる人間か」ということを調べるために、手間とコストをかけてきたのです。

しかし、今は芝麻信用のスコアを見るだけで「この人は800点もあるから、よほどちゃんとした人なのだな」と瞬時に見分けがつきます。

疑うコストがかからないので、その分、煩雑な手続き簡略化することができるのです。

この「疑うコストは」不動産取引だけではなく、取引先企業の信用調査や企業の採用試験、婚活のマッチングなど、さまざまな場面でかかっています。

とくに、かつて中国では、隙あらば他人を出し抜いてでも自分が儲かるほうがいいと考える人が多かったので、信用できる人や信用できる商品を見つけるのがたいへんで、いい人やいい物を「探すコスト=疑うコスト」が日本では考えられないくらい高かったのです。

たとえば、アント・フィナンシャルは、芝麻信用スコアが650点以上の人を対象に、「相互宝」という重大疾病を対象とした新しい保険サービスを開発しました。

650点以上の人なら保険料の支払い能力は申し分ないということで、「疑うコスト」をかけずに済んだわけですが、相互宝の革新性は別のところにありました。

ふつうの保険のように毎月定額の保険料を前払いするのではなく、期間内に加入者が補償対象の病気にかかって支払われた保険金を、残りの加入者全員で「割り勘」にするという後払い式のサービスなので、加入時の保険料の負担はゼロ。

アリペイで支払う保険料も毎月異なり、その額もわずか数十〜数百円という破格の安さで人気を集め、ローンチから約1年で加入者が1億人を突破したのです。

企業の「信用情報」を使えば金融サービスを展開できるし、個人の「信用スコア」を使えばサービスの値段を劇的に下げることができます。

どちらもキャッシュレス化がもたらすイネーブラーの第二段階ですが、さらにその先に、もう一つのビジネス領域が広がっています。

それが「送客ビジネス」です。

キャッシュレス決済による手数料はわずか数%にすぎません。

しかし、いままでリーチできていなかった新規のお客さんを連れてきてくれるなら、1件あたり15〜20%くらいの手数料を支払ってもいい、というお店は多いはずです。

定期的にリピーターを送り込んでくれるなら、5〜10%くらい払ってくれるかもしれない。

これまではグルメサイトの「食べログ」や「ぐるなび」、が得意としてきた領域です。

キャッシュレス決済導入をきっかけに、その部分に食い込むことができれば、決済手数料よりも利幅の大きなビジネスを手がけることができます。

その意味で、キャッシュレス化というのは、その背後にあるイネーブラーの撒(ま)き餌(え)にすぎないともいえます。』

芝麻信用(ジーマしんよう)は、中国のアリババの関連会社が開発した個人信用評価システム。

『例えば、どんな商品をいくらで購入したか、クレジットカードのキャッシングやオンラインレンディングサービスで借りた金をきちんと返済しているか、「シェアバイク」や「シェア傘」といったシェアリングサービスを利用した際に借りたものを期日までにステーションに戻しているか、「滴滴出行(ディディチューシン)」のようなライドシェアサービスや飲食店を予約した際、無断でキャンセルをしていないかなどである。

これらのデータに、アリペイに登録されたユーザーの学歴や、そのSNS上の人脈の広がりや深さ、これまでにどんな仕事をしてきたかという履歴などを加味して、個人の信用度合いをスコアで表示したのが芝麻信用なのだ。』(日経Xトレンド)より

その他に、会社の身分や、車や不動産のあるなし、マナーやルール違反の有無、等々で信用があり、それらを登録することで点数が上がるという。

ネットビジネスの多くの分野で、日本は遅れてしまった。

その大きな理由の一つは、日本が中途半端に便利で、ゆたかで、不便を感じなかったからだという。

●たとえば、コンビニに行けば、ATMがあって現金はほぼ365日いつでもすぐにおろせる。

●電話網などが全国津々浦々、張り巡らされていた日本は、アジアや中国と違い、当時、携帯電話やスマホの必要性を感じなかった。

●アジアや中国では、現金は偽札などの横行で信用がなかったから、電子マネーが急速に普及したが、日本では偽札などの心配がなかったので必要性が感じられなかった。

●アジアや中国では、タクシーのサービスが悪かったり、ぼったくり等があったため、ウーバーのようなライドシェアが急速に普及したが、日本ではタクシーの運転手のレベルが高く、また値段も適性で、ぼったくりなどがないため必要性を感じられなかった。

新しいビジネスはハングリーなところから生まれる。

たえず、「ガツガツしていること」「渇(かわ)いていること」がなければダメなのだ。

ゆたかでのんびりしていて、ぬるま湯につかっているところからは生まれないからだ。

たえずネットビジネスの進化を見つめ…

新たな可能性にチャレンジしたい。



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