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2020.7.2

他者からのオファーやリクエストがない人生

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…

トヨタ自動車元会長の奥田碩(ひろし)さんは、大学卒業の1955年、景気がドン底で「卒業生の三分の二は就職できずに留年」するような状態だったと語っている。

選り好みなどできない状況で、採ってくれるというのでトヨタ入社を決めたという。

自動車が好きだったわけでも、企業としての成長性を見込んだわけでもなく、たまたま自分に用意された環境のなかで勝負していったケースだ。

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長は、大学に入るときには政治家に憧れていたそうである。

だがやがて政治に興味を感じなくなり、ジャーナリストになろうかと考えて、新聞社を受けたが面接で落ちてしまって、父親のつてで家の光協会に入ることになった。

当時、農家向けの雑誌『家の光』は百万部以上の大雑誌だった。

ところが、突然、新卒は採らないことになり、いわば内定取り消しのようなことになってしまい、結局、出版流通会社の東京出版販売(現トーハン)に入社したという。

やがて東販を辞めてイトーヨーカ堂に入ってという転身の決断の一つひとつは自分でされたに違いないが、ビジネスキャリアの始まりは、やはりたまたま与えられた状況のなかで自分は何をしたらいいかを見きわめて、精一杯の努力をすることだった。

自己中心性を脱して、流れにまかせるということが、いまの若い人たちにはむしろ必要な要素ではないだろうか。

WBC「侍ジャパン」の監督も務めた原辰徳監督が座右の銘とするのは、「人生他動的」という言葉だ。

西鉄ライオンズの黄金期の名監督であった三原脩(おさむ)さんの言葉で、それを巨人コーチ時代の中西太さんから教えてもらって、この言葉を噛みしめるようになったそうだ。

他動的な要素に柔軟に対応して、過去の経験を活かして実力を出していくことで、仕事のスケールがどんどん大きくなる。

なにごとも、すべて自分の意思で判断して動くんだと考えるのではなく、自分にふり向けられたことを受け入れていくなかで、可能性は拓かれていくものだとぜひ意識してほしい。

逃れようのない関係性のなかで出されるミッションとかオファーとか、いわば「雑菌ふりかけ」がなくなったときには、自分を広げていくのがものすごく難しい。

他者のリクエストがまったくない生活だと、どんな人も伸びにくい。

ひたすら内にこもって勉強して、ものすごい実力をつけて社会にデビューするという一発逆転的な展開もまったくないとは言わないが、「夢」のような話だ。

私は期せずして大学院に十年近くもいたために、他者からのリクエストがまったくない生活に陥ってしまった。

誰も何も求めてくれない。

大学院も五年だ、八年だとなってくると、もう誰も何も声をかけてくれなくなる。

当たり前だ。

三十ぐらいになりながらまだ何者でもない男に、誰も何も要求する気はなくなる。

雑菌すらふりかけてくれない。

リクエストしてくれれば、声をかけてくれればできるのに、言われなくなってしまった、誰も自分に期待していないという状況はつらい。

社会と完全に隔絶してしまい、自分の存在感さえも危ぶまれるような状況。

本当に閉塞感に苛(さいな)まれた。

そういう不全感が長かったので、人は他者から求められている実感がないと、こんなにもやさぐれるんだということを、身をもって知っている。

だから、雑菌をふりかけてもらえるようなところにいつも身を置いておかないといけない、わずらわしいことからも逃げてはいけない、と声を大にして言いたい。

会社はわずらわしいながらもいろんなオファー、ミッションがある。

雑多で面倒くさいことも、ふりかけられているうちが花だ。

そのうち、誰も雑菌もふりかける気がしなくなる。

『雑菌主義宣言!』文藝春秋


他者からのオファーやリクエストを、面倒だからと絶対に引き受けない人がいる。

子供の学校のPTAの役や、近所の自治会の役、同窓会や趣味の会の世話人や幹事などだ。

会社に在籍しているうちは、会社からは否応なしにオファーはくる。

だが、会社以外の地域社会で、役を頑(かたく)なに引き受けない人は、何年か後には、他者からのオファーやリクエストはほぼなくなる。

「あいつに頼んでも絶対に引き受けないし、頼んでも気分悪くなるからよせ!」と言われるようになるからだ。

そして、そういう人には、会社を辞めた後、寂しい人生が待っている。

昨今、コロナ禍により、都会から地方へという流れも起きそうな風潮がある。

しかし、地方の良さは、人間付き合いの面倒なことも含めての良さだ。

地域に根差した人たちが、膨大な努力をして、地方の良き風習や、祭り、環境美化、自治会などの活動を守ってきた。

地域社会に住む以上、いいとこどりだけをすることはできない。

人生はほぼ、他動的人生だ。

他動的とは、自らの意思によらず、他から動かされることを言う。

自らの意思によるものではなく、動かされる。

つまり、オファーされたり、リクエストされる。

それを楽しめなければ、苦痛になるばかり。

「頼まれごとは、試されごと」

他者からのオファーやリクエストのない人生ほど寂しいものはない。

なぜなら、それは、まわりに無視されているのと同じだからだ。

オファーやリクエストを、気持ちよく引き受けることができる人でありたい。



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