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2019.11.14

上級国民と下級国民

橘玲氏の心に響く言葉より…

現代社会で生起するあらゆる現象の根源にあるのは産業革命から始まった「知識社会化」です。

知識社会における経済格差とは、「知能の格差」の別の名前でした。

だとすれば、知能のちがいが人生に影響しなくなれば「知識社会」は終わり、知能格差によって引き起こされる「上級/下級」の分断もなくなることになります。


狩猟採集社会では足の速いひとが圧倒的に有利だったかもしれませんが、現在はウサイン・ボルトくらいしか富と名声を手にできません。

なぜなら車、電車、飛行機のようなテクノロジーによって足が速いか遅いかを誰も気にしなくなったからです。

高度化した知識社会では、テクノロジーの性能が人間の平均的な適応力を越えてしまうため、高い知能を持つ一部のひとたちにしか理解できなくなってしまいます。

そして、ごく一部の「特権階級」に富が集中することになります。

しかし、テクノロジーの指数関数的な性能向上でAIが人間の知能をはるかに上回るようになったとしたらどうでしょう。

そこまでいけば、もはやどんな人間もテクノロジーを理解できなくなり、機械(AIロボット)は勝手に「進化」していきます。

そうなれば「技術」と「魔術」の区別はつかなくなり、知能は意味を失って知識社会は終わることになります。

また、知識社会化・リベラル化・グローバル化の巨大な潮流のなかで、現代世界は、国や歴史・文化、宗教などのちがいにかかわらず、ますますよく似てきました。

なぜなら、すべてのひとが同じ目標…よりゆたかに、より自分らしく、より自由に、より幸福に…を共有しているからです。

「後期近代」になって人類史にはじめて登場したこの価値観は、今後ますます強まって私たちの生活や人生を支配することになるでしょう。

その結果、欧米や日本などの先進国を中心に、社会の主流層(マジョリティ)が「上級」と「下級」に分断される現象が起こるようになりました。

アメリカではグローバル化にともなって白人中流層が崩壊し、日本では1990年代後半からの「就職氷河期」によって若い男性の雇用が破壊され、中高年のひきこもり(8050問題)が深刻化するなど、国によって「分断」の現れ方は異なりますが、その行きつくところは同じです。

このような未来をどのように生き延びていけばいいのか。

すべてのひとに向けた万能の処方箋はありませんが、今後のトレンドは大きく2つに分かれていくでしょう。

ひとつは、高度化する知識社会に最適化した人的資本を形成する戦略。

エンジニアやデータサイエンティストなどの専門職はいまやアスリートと同じになり、10代で才能を見出され、シリコンバレーのIT企業などに高給で採用され、20代か遅くとも30代前半までに一生生きていけるだけの富を獲得するのが当然とされるようになりました。

こうした生き方をするには、大学でのんびり一般教養を学んでいる暇はありません。

いまは高度なプログラミング技術を教え、「ナノディグリー」という学位を発行するオンライン大学出身の人材がテック業界で争奪戦になっています。

もうひとつは、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどで多くのフォロワーを集め、その「評判資本」をマネタイズしていく戦略で、SNSのインフルエンサーやユーチューバーなどがその典型です。

高度化する知識社会では、テクノロジーが提供するプラットフォームを利用して、会社組織に所属することなくフリーエージェントとして自由な働き方をすることが可能となりました。

もちろん、年収数千万円のエンジニアも、有名ブロガーやユーチューバーもごく一部でしょう。

しかし、私たちが生きている「とてつもなくゆたかな社会」では、「最先端の技術を理解してわかりやすく説明する」「新商品やサービスなど新しい情報をSNSで発信する」といったスキルでも、それなりの(あるいはひとなみ以上の)収入を得られるようになるでしょう。

「知識経済」と「評判経済」は一体となって進化し、地球を覆う巨大な経済圏を形成しつつあるのです。

そうはいっても、この潮流からこぼれ落ちてしまうひとたちが生まれることは避けられません。

民主政治では、有権者の創意≒ポピュリズムでこの問題に対処する以外ありません。

それはユートピアなのか、ディストピアなのか、私たちはこれからの「近代の行きつく果て」を目にすることになるのです。

『上級国民/下級国民 (小学館新書)』小学館新書


橘玲氏は「上級国民/下級国民」について本書の中でこう述べている。

『「上級国民」は「エリート」や「セレブ」「上層(上級)階級」とはニュアンスが異なるということです。

現代社会では、「エリート」や「セレブ」は「努力して実現する目標」です。

それに対して「上級国民/下級国民」は、個人の努力がなんの役にも立たない冷酷な自然法則のようなものとしてとらえられているというのです。

いったん「下級国民」に落ちてしまえば、「下級国民」として老い、死んでいくしかない。

幸福な人生を手に入れられるのは「上級国民」だけだ…。

これが、現代日本社会を生きる多くのひとたちの本音だというのです。

そして、 「上級国民/下級国民」が「モテ/非モテ」につながることです。

「モテ/非モテ」 はやはりネット上で広く流通するスラングで、現代社会の若い男性は「モテ(リア充)」と「非モテ(リア終)」に分断されているのだといいます。

なぜここで性愛(モテ)が出てくるかというと、ゆたかな社会における幸福とは、究極的には、愛情空間が満たされることだからです。

「上級国民」とは「モテる(持てる)者」であり、「下級国民」はモテない(持たざる)者」なのです。』

「知識革命」が進み、ますます「知識」による格差が目立ってきた。

20代の大成功者が続々と生まれる一方で、結婚できない(パートナーがいない)若者が年々増えている。

モテる(持てる)者と、モテない(持てない)者との格差だ。

リア充(じゅう)とは、リアル(現実)の生活が充実している人を指すネットスラングだ。

その対義語が「リア終(じゅう)」で、ネット上やゲーム上では楽しそうに振舞っていても、リアル(現実)の世界が終わっている人のことで、非モテでもある。

知識社会がますます進む現代…

上級国民と下級国民の本質を理解したい。



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