2019.10.24 |
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人に勇気を与えること |
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高野登氏の心に響く言葉より…
それは、リーマン・ショックの二ヵ月後のことでした。
当時の世界中のリッツ・カールトンの支社長をはじめキーパーソン47名が、フロリダのホテルに召集されました。
日本支社はこれで閉鎖だろう、フランクフルト・オフィスもしばらく閉鎖に違いない…一同、覚悟のうえの暗い表情での参加でした。
リーマン・ショック直後から、リッツ・カールトンは、主要なグローバル・パートナー、すなわち大手法人顧客の多くを失っていました。
会議初日、にこりともせずに座っている我々の前に現れたクーパー社長は、君たちが考えていることはわかっているよ、とでも言いたげににやりとしたあと、開口一番言いました。
◆みなも知っているとおり、とんでもない時代になってしまった。
そして、続けます。
◆まさかこんなことが起こるとは、だれも想像していなかっただろう。
もちろん、私もだ。
厳しい試練だが、こういう時代を体験できるのは、むしろ貴重なことかもしれない。
私は、いろいろな船乗りを知っているが、穏やかな海で優秀な船乗りが育つのを見たことがない。
みな、荒波を乗り越えてきている。
嵐を乗り切ってきている。
そのなかで、腕を磨いてきている。
わたしたちの目をしっかりと見据えながら、そういう話を静かに続けていきます。
いつまで経っても売り上げやコストカットなどの数字の話が出てこない。
それから、リッツ・カールトンのリーダー研修で必ず聞かされる話に入っていきます。
摂氏99度と100度の違いについての話です。
◆水を熱していくと、だんだん温度が上がり、やがて99度になる。
手を入れたら大やけどする熱湯ではあるが、液体であることに変わりはない。
ところが、これが100度に達すると…沸騰する。
沸騰した水は蒸気になって、蒸気機関車をも動かす力となる。
99度と100度、たった一度の違いなのに、その力、働きはまったく違う。
そして、我々にとって、その1度の違いを生み出す働き方を考えるのに、いまほどいいときはない。
うつむき加減だった私たちの顔は次第に上がり、頬が上気してきます。
クーパー社長はさらに続けます。
◆おそらく来年の我々のビジネスは前年比90%減、あるいは、もっと厳しいものになるかもしれない。
だからこそ、我々自身を磨くこれ以上の好機はない。
順調な業績のなかで、知らず知らずのうちにブランドに頼っておろそかにしてきたことがあるはずだ。
お客様との信頼構築はどうか。
知識とスキルは磨かれているか。
来年一年は、どうあがいても60%減以上に伸ばすことはできない。
だったらその間に、これまで忙しくてできなかったことをやろう。
一人ひとりが摂氏100度で仕事をするための処方箋を書こうではないか。
閉鎖するオフィスはないのか、と一同安堵のため息がこぼれます。
そこですかさずクーパー社長が、釘を刺します。
◆ここにいるレディス&ジェントルマンのなかで、、自分はこれまでもずっと100度の仕事をしてきたと自信がある人だけ立ち上がってくれ。
だれも立てません。
◆そうか、でも、少なくとも何回かはあるはずだ、摂氏100度で仕事をしたと思える瞬間が。
そのときのことを思い出して、午後は、それについてグループでディスカッションしてほしい。
いまにして思えば、これこそが圧倒的とも思えるリーダーの品格を感じた瞬間でした。
クーパー社長の指導力、人間力そのものでした。
そして、これこそが、すなわり、「周りに勇気を与える力」です。
実際、あのときほど、自分の中に力が湧いてくるのを感じたことはありません。
勇気が湧いてくるのを感じたことはありません。
絶対にこの状況を打破しよう。
立ち向かおうという勇気です。
このチームと一丸となって、成し遂げることができるという勇気です。
『品格を磨く』ディスカヴァー
高野氏は「どうすれば人は動くか」について本書の中でこう語る。
『人の気持ちをA地点からB地点まで導いていくこと、それが指導力です。
そして人の気持ちも組織も、動かすものではなく動くものです。
では、どうすれば人は動くのか?
お金や権力を使って、操作する?
そんなことで、本当に人の気持ちは動きません。
では、何で動くのか?
勇気づけられること以外に何があるでしょうか。』
《分不相応の志を持つ者だと笑われる事を畏れてはならない。無謀な挑戦をしなくなる己れの老いを畏れよ》
孫正義氏の言葉だ。
そして、イギリスの名宰相、チャーチルはこう言った。
《金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことはすべてを失う。》
「勇気を失うことはすべてを失うこと」
人に勇気を与えることができる人でありたい。 |
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