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2019.8.19

群れから飛び出す

北野武氏の心に響く言葉より…

これまでの人生でいくつもの決断をしてきたけれど、いちばん大きかったのは、やっぱり大学を中退するという決断だった。

大学を辞めて、俺は芸人の世界に飛び込んだ。

それは、俺にとっては、群れから飛び出すということで、自殺するにも等しい決断だった。

それまでの俺は、いろいろありはしたけれど、結局のところは母親のいうことに従って、自分はこの社会という群れの中で生きていくものだとばかり思っていた。

道徳の話に引き寄せていえば、それまでの俺は母親の道徳観の中で生きていた。

大学を辞めることを自分で決めたとき、俺はその母親の道徳観から飛び出したのだ。

自殺するにも等しいと書いたけれど、ほんとうにあのときはそれくらいの覚悟が必要だった。

浅草でのたれ死にしてもいいと、本気で思っていた。

芸人ならのたれ死にしても恰好いいやなんてうそぶいていたけれど、内心はそんな恰好いいものではなかった。

ただ、今でも忘れられないのは、そうすると心に決めたとき、見上げた空がほんとうに高くて広かったってことだ。

ああ俺は、こんなに自由だったんだなあって思った。

子どもはなんだかんだいって、親や学校に教わった道徳観の下で生きている。

大人になるということは、その誰か他の人が作ってくれた道徳の傘の下から出て、自分なりの価値観で生きる決断をするということだと思う。

のたれ死にする覚悟をしたくらいだから、成功する保証なんてどこにもない。

いや、成功するなんて思ってもいなかった。

死ぬ気で飛び出したら、なんとか生きのびたというだけの話だ。

だから、読者も群れから飛び出してみたらいい、とはいわない。

どう考えても、失敗する可能性の方がずっと大きいわけだから。

のたれ死にしなかったのは、ほんとうに奇跡みたいなものだ。

それは俺が時代と幸運に恵まれたというだけのことだ。

他の人に真似してみろとはとてもいえない。

ただ、群れから飛び出したおかげで、群れの中にいるよりはいろいろなことが見えるようになった。

そんなに遠くに飛び出したわけじゃない。

まあ、とにかくそういうわけで、俺が偉そうにいろんなことをいえるのも、群れを飛び出したからではある。

のたれ死にするほんとうの覚悟のある奴が、群れを飛び出すのを邪魔するつもりはない。

何度でもいうけれど、成功する保証はまったくない。

はっきりいえば、ほとんど成功しないだろう。

そんなことは当たり前だ。

芸人は何千人もいるのに、まともに喰える奴はほんの一握りなんだから。

ただ、成功はしなくても、自分の頭上の、何もない、高くて広い空を見上げることはできる。

もう一回この世に生まれたら、のたれ死にすることになっても、あの空を見上げるためだけに、やっぱり俺は群れを飛び出すと思う。

恰好つけているのではなく、のたれ死にしてもいいやと思えるなら、なんでもやれるというだけのことなんだけれど。

『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか (幻冬舎文庫)』幻冬舎文庫


同調圧力の高いこの日本において、群れから飛び出すことは本当に勇気がいる。

同調圧力とは、集団の中で、皆と違った意見を持っていたとしても、暗黙のうちに、大多数の意見に合わせるよう強制される雰囲気のこと。

Appleは1997年に「Think different(シンクデファレント)」という広告を打った。

モノの見方を変えるとか、新たな発想をするということで、キャンペーンの中では、「世界を変えようとした人たち」としてアインシュタインや、ピカソ、ガンジーなどが出てくる。

それは、「現状維持圧力に対する挑戦」ということで、同調圧力に対する挑戦ということでもある。

人は、安定を好む。

しかし、あえて自ら不安定で不確実なところに身をおく。

それが、群れから飛び出すこと。

挑戦するということは、もし失敗して無一文になっても仕方ない、と覚悟を決めること。

時に、群れから飛び出す覚悟を持ちたい。



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