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2019.4.10

かけがいのない存在

角田陽一郎氏の心に響く言葉より…

あなたが「好きなこと」をやって評価を積み上げ、会社の中で「かけがいのない存在」、つまりナンバーワンの存在もしくはオンリーワンの存在であると周りから思われるようになったとしても、その地位が一瞬にして崩れ去ることがあります。

それは、ときにはあなたの能力や資質に関係なく起こります。

あなた自身に落ち度はなくても、たとえば部下が失敗したり、取引先が倒産したりして大きな損失が発生し、責任を取らされることもあるでしょう。

そうした不測の事態に対し、どのような心構えをしておくべきなのでしょうか?

その答えを明かす前に、まず「かけがいのない存在」とはどういう存在なのかについて、お話ししておきたいと思います。

「自分が担当していた職務が、組織替えなどの理由で突然変わったり、なくなったりしてしまう」というのは、どの企業でもよくあることです。

組織運営にとって、そうした新陳代謝はもちろん必要ですが、その職務に力を注いでいた個人としては、たまったものではありません。

多くの人は、自分が仕事に全身全霊を捧げ、手に入れたポジションは、自分だけのものであり、誰も代わりになれない「かけがいのない存在」だと思っているからです。

しかし実際には、組織はさらっと個人からそのポジションを奪い、ほかの誰かに与えることがあります。

組織の中では、個人は決して「かけがえのない存在」にはなれません。

なぜなら、ある人間が病気で欠勤したとしても、違う人が代わりに入り、その部署が正常に機能するようにしておかなければ、活動が止まってしまうからです。

どんな立場の人間でも同様です。

「今の社長がいなくなったら、会社はもう終わりだ」といった状況に陥るのを避けるため、たとえ今の社長に何かあっても、すぐに代わりを立て、会社が維持できるようにしておく。

それが、組織の正しいあり方です。

僕は、会社を2016年に辞めました。

そこにはおそらく、「かけがいのない存在」になりたい、という気持ちもあったのだと思います。

「かけがいのない存在」になれば、その分、リスクや責任も背負うことになりますが、それを受け入れる覚悟で外に出たのです。

しかし、退職した後、あるきっかけにより、そんな考えが大きく変わりました。

翻訳について語られている、村上春樹さんと柴田元幸さんの共著『翻訳夜話』を読んだところ、村上さんの発言の中に、まさに、この「かけがえ」に関する部分があったのです。

「僕が言いたいのは、非常に不思議なことで、僕もまだ自分の中でよく説明できないんですけど、『自分がかけがえのある人間かどうか』という命題があるわけです。

会社はかけがえのない人に来られちゃうと困っちゃうわけです。

誰かが急にいなくなって、それで(会社)が潰れちゃうと大変だから。

その対極にあるのが小説家なわけです」

この部分を読んで、先ず思ったのは、「だから村上さんは小説家をやっているんだ」ということでした。

ところが、話はまったく違いました。

村上さんは、小説家としての自分も「かけがえのない存在ではない」と言うのです。

自分は、たしかに取り替え可能な存在ではないかもしれないが、自分が死んでも、日本の文学界が混乱を来すわけではない、と。

「心が崩れる音がした」という表現がありますが、この部分を読み、理解した瞬間、本当に音が聞こえたような気がしました。

「かけがえのない存在」になりたくて会社を出た自分って、一体…。

組織を出て、自分の名前で勝負することは、実は組織の中にいたとき以上に、取り替え可能な、「かけがえのある存在」になることだったのです。

村上春樹さんは偉大な作家ですが、ご本人が言うように、彼がいなくなったとしても、おそらくほかの作家の小説が読まれるだけでしょう。

芸能人にしても、ミュージシャンにしても、同様です。

その人がいなくなれば、別の誰かがテレビに登場し、別の誰かの音楽が聴かれるようになるだけなのです。

では、「かけがえのない存在」とは何でしょうか?

この問いに対して、村上さんは、きちんと答えを用意してくれていました。

「でもね、僕が翻訳をやっているときは、自分がかけがえがないと感じるのね、不思議に。

だって翻訳者こそ、いくらでもかけがえがあるみたいな気がしますよね。

でも、そのときはそうじゃないんだよね。

結局、厳然たるテキストがあって、読者がいて、間に仲介者である僕がいるという、その三位一体みたいな世界があるんですよ。

僕以外にカーヴァーを訳せる人がいっぱいいるし、或いは僕以外にフィッツジェラルドを訳せる人もいる。

しかし僕が訳すようには訳せないはずだと、そう確信する瞬間があるんです。

かけがえがないというふうに、自分では感じちゃうんですよね。

一瞬の幻想なんだけど」

この文章を読んだとき、「組織の中か外か」にこだわっていた自分の考えの無意味さに気づかされました。

結局、自分がやっている行いが、自分のためであっても、周りのためであっても、自分自身がそれを「かけがえのないもの」だと感じなければ、それは「かけがえのあるもの」にすぎません。

人は「自分にとってかけがえのないものは何か?」を自分で考えて決めなければ、「かけがえのない存在」になれません。

会社勤めをしていても、会社を辞めても「これは自分の強みだ」と思えるものができたとき、あなたは本当の意味で「かけがえのない存在」になれるのです。

『「好きなことだけやって生きていく」という提案』アスコム


会社に限らず、様々な組織において、一所懸命やっている(と思っている)人ほど、「自分がいなくなったら(まわりは)困るだろう」と思う。

すると、勢い、長くその職にとどまったりすることになる。

出処進退が問われる瞬間だ。

処世訓が書かれた中国の明末の書、「菜根譚(さいこんたん)」によれば、出処進退が難しいのは、二つの作業をしなければいけないからだという。

一つ目は、「よき後継者を選ぶ」作業。

自分がいなくてもまわっていけるような人材を選ぶ作業であり、己を無にしなければできない。

二つ目は、「仕事に対する執着を断ち切る」作業。

自分が連綿として作り上げた仕事や、職場への愛着を断ち切る作業だ。

人に相談すれば、「今がちょうどいい時期だから辞めなさい」という人はいない。

たいてい、「まだまだ、早すぎる」と言われ、引き止められるに決まっている。

だからこそ、辞める時期は、あくまでも自分で決断しなければならない。

そもそも、自分は会社や組織に「いなければ困るだろう」と思うことは、勘違いによるものだ。

いなくなった当初は困るだろうが、その人がいなければ、会社はつぶれてしまう、などということはほとんどない。

人はだれでも、自分のことは過大評価したがるものだ。

「自分にとってかけがえのない大事なものは何か?」と、自らに問いかけること。

本当に好きなものは何か?

何の苦もなく、長く続けてきたものは何か?

それがわかれば、組織に属そうがフリーランスになろうが、びくともしない自分ができる。

それが、自分のうりであり、強み。

すると、本当の意味での「かけがえのない存在」になれる。



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