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2019.4.1

死んでからも語り継がれるような人

春日大社権宮司、岡本彰夫氏の心に響く言葉より…

人は何のために生きているのでしょう?

それは自分の存在を認めてもらうためではないでしょうか。

認めてほしいから一所懸命生きるのです。

働くことで人から自分の存在を認めてもらい、自分自身もその存在を確かめてみたいのです。

おとぎ話で、竜宮城から戻った浦島太郎がなぜあんなにかわいそうな思いをするのかというと、五百年も経ってしまい、浦島太郎を知る人が誰もいなくなってしまったからです。

自分を認める人が一人もいなくなってしまうなんて、これほどつらいことはありません。

人間にとって最大の悲劇は、無視されることです。

いつの日か自分が死んであの世へ行き、魂だけがこの世に帰ってきたとしましょう。

そのとき自分の家族や友人、会社の同僚や部下などすべての人が、自分のことをすっかり忘れてしまい、口にも出さないとしたらどうでしょう?

これほどむなしいことはありません。

仏教に「供養」という言葉がありますね。

神道で供養に相当する言葉は、「とむらう」です。

この語源は「訪(とぶら)ふ」、つまり、「訪問する」ことを意味します。

とはいえ、亡くなった人を訪ねることはできません。

では、どうすればいいのか。

故人を思い出し、故人のことを語り続けるのです。

祖先を大切にするとは、「とぶらふ」こと。

たとえ姿は見えなくても、祖先のことをいつまでも忘れず、語り継ぐ。

亡くなった人の存在を認めることにとむらいの意義があります。

我々は誰でも、いずれはあの世にいかなければなりません。

生きている間は一所懸命働き、まわりの人から自分の存在を認めてもらう。

それが、「自分が生きている証(あかし)」となる。

そして死んでからも語り継がれていけば、こんな幸せな生涯はありません。

『日本人だけが知っている 神様にほめられる生き方』幻冬舎

「人は二度死ぬ」と言われる。

一度目の死は、肉体の死だ。

二度目の死は、まわりから忘れ去られること。

誰かが少しでも覚えていてくれて、時々話題にのぼる間は、人は心の中で生き続ける。

『愛の反対は憎しみではなく、無関心だ』とマザー・テレサは言った。

それはつまり、無視されることであり、忘れ去られること。

どんなときも、いくつになっても、自分のことを認めてほしくて仕方がないのが、人間だ。

だから、自分を認めくれる人が大好きだ。

死んでからも語り継がれるような人でありたい。



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