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2019.3.31

素直になれたら

修養団・元伊勢道場長、中山靖雄氏の心に響く言葉より…

修養団で三泊四日の研修を終えられた最後の日に、「帰ったら弟にごめんなさいってお詫びをしたいと思います」と言ってくださった方がおられました。

「私の弟は耳が聞こえません。

そしてしゃべることができません。

その弟と、おふくろと私と三人暮らしなんです。

親父が早く死んで、私が父親代わりで今まできました。

おふくろや弟を大事にしてやらなきゃいけないってことは、いやというほどわかっていましたが、なかなかできませんでした。

今はおふくろに、『母ちゃんは弟のことが心配なんだろう?俺に安心して任せておきなさい』って言いたい気持ちがしています。

だけど、家に帰っておふくろの顔を見たら、照れくさくてとうていそんなことは言えないような気がします。

ただ今日は家に帰って、弟を一回抱きしめて、言っても聞こえませんが、今までごめんって、お詫びをしたいと思います」

そう言われたのです。

それを聞いて、

「明日の朝、電話を入れるから話を聞かせてね。絶対嘘つきにならんといてね」と言って別れました。

翌日、電話を入れると、私からの電話を待っていてくださったようでした。

「先生、やれました」そうおっしゃいました。

「ただいま」と帰ったら、弟が部屋にいた。

「謝ろう」と思ったのに、なんとなく体が動かない。

お兄ちゃんがいない間は、鬼のいぬ間でのびのびしていた弟も、お兄ちゃんが帰ってくたから、また「やられる」と思ったのでしょう。

気配を察して、弟が慌てて遊び道具を片付けて、外に遊びに出かけようとしたのだそうです。

その時、弟の後ろ姿にだったから言えたのかもしれないけど、「今までゴメンだったね」と言えたというのです。

今まで弟のせいで、自分がいじめられることもあり、心の底では悪いなと思いながらも、やり場のない思いを幼い弟にぶつけてしまっていた。

言葉で抵抗できない、ものを言えない弟をいじめていたのだ、というのです。

それをお母さんはずっと見ていて、知ってはいても、お母さんもお兄ちゃんのつらい気持ちを思うと叱ることもできず、そんな兄を見守るしかなかったという家庭だったといいます。

弟に申し訳なかったと思っている今の気持ちを、なんとかわからせたいと思い、外へ飛び出した弟を追いかけた。

すると、弟が必死に走って逃げだすのです。

「逃げんでもいいぞ」と言っても、弟には聞こえない。

いくつめかの信号でやっと襟首を捕まえたのですが、逃げようとして七転八倒します。

なんとか、今の気持ちをわからせたいと思うけど、どうにもならない。

しかたがないから、襟首をぐっと引きずり寄せて、回れ右させてて、自分の体に押さえつけるように抱き寄せながら、「ごめんね、ごめんね」って、体をさすってみたのだそうです。

もがいていた弟も、いつもならボカボカってやられるのに変だな、と思ったのか、ほっと顔を上げたのだそうです。

その弟のなんとも言えない恐々とした表情を見た瞬間、あふれるものを止めることができなかったといいます。

その流れだす涙が弟の顔にもポトリポトリと当たって、弟にも何かが伝わった。

「先生、あいつが、何をやってくれたと思う?俺の首ったまに、パッとぶら下がって、『あ〜っ』って、声にならん声を一生懸命搾(しぼ)り出そうとするんだ。

もし、ものが言えたら『にいちゃん、こんな嬉しいことはないよ、ありがとう』と言いたいんだろうなって思ったら、もうたまらなくて、みんながいる往来で『ごめんな、ごめんな』の繰り返しでした」とおっしゃいました。

それから一緒に家に帰って、お風呂に入って、ご飯食べて、お母さんが布団を並べて敷いてくれたそうです。

いつもは必ず、布団を離して隅に持っていこうとする弟が、その日は並んだ布団にすぽっと入って、すやすやと寝ている。

「言うても聞こえんし、寝てるし、わからんと思ったけど、布団の上から『今までゴメンだったね、ゴメンだったね』って、もう一度、お詫びをさせてもらいました。

こんな思いが、いつまで続くかわからんけど、精一杯大事にしてやりたいなぁ。

そんな気持ちでいっぱいなんです」とおっしゃいました。

みなさん、いろんな条件があるでしょう。

それぞれの条件の中で、今を喜びに変えながら生きていくこと。

それが、世界を清めていくのです。

さまざまな条件の中、素直になれなかったその方も、初めてその人本来の本性(ほんせい)に立ち戻ったのですね。

そこに気づかなかったら、勝手な思いのままの性(しょう)でいってしまいます。

しかし、どんな人も、出来事を良し悪しにせず、その条件の中で喜びに出会うご縁をいただいているのだと気がつきさえすれば、本性に立ちかえることができるのです。

人の本性はみな優しいのですから。

本性に立ちかえると、自分の心が安らげます。

大きな祈りの中で過ごせるものを、みんな生まれながらにして持っているのです。

『すべては今のためにあったこと』海竜社


禅の名僧、良寛さんにこんな逸話がある。

『良寛さんに馬之助という甥(おい)っ子がいた。

馬之助があまりに放蕩三昧なので、良寛さんは周囲から、説教をしてくれるように頼まれた。

しかし、何日たっても、良寛さんは何も言わない。

とうとう、四、五日たってしまい、帰ることとなった。

良寛さんが、出かけようと玄関に腰掛けたが、わらじの紐(ひも)がうまく結べず、馬之助に結んでくれるよう頼んだ。

わらじを結んでいる馬之助の首筋に、何か冷たいものが落ちてきた。

びっくりして見上げると、良寛さんの目には大粒の涙があった。

その姿を見て、馬之助はすっかり改心したという』

涙には、言葉以上の真実がある。

あふれ出す涙は、人の心をふるわせる。

涙が出るときは、自分が素直になれたとき。

素直でないときは、人を疑ったり、冷たくしたり、すねたり、意地悪したり、謝れなかったり…。

素直な気持ちになれたら、人にやさしくできる。



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