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2017.10.10

日野原重明先生の遺した言葉


日野原重明氏の心に響く言葉より…

命とは、目には見えないけれど確かに存在する、エネルギー体のようなものです。

では、そのエネルギーはどこに存在するのかということですよね。

僕は長年、命の尊さを伝えることを使命として、「命の授業」というタイトルで全国の10歳の子ども達と交流してきました。

僕は、子ども達にこう問いかけます。

「命はどこにあると思う?」

そうすると子ども達は心臓のあたりを指したり、脳みそと答えたりするのです。

心臓は身体を動かすために働いている単なるポンプのようなものに過ぎないよ。

脳みそはいろんなことを考えだす機能を持った身体の一部分でしかないんだよ、そして、「命というのは君達が使える時間の中にあるんだよ」と子ども達に伝えてきました。

僕は続けます。

君達は今、毎朝ごはんを食べて、学校に来て勉強して、友達と遊んで…。

これは誰のためにしていると思う?

すべて自分のためだよね。

君達は、子どものうちは与えられている時間を全部自分のために使いなさい。

だけれども、君達が大きくなったら、その時間をほかの人のため、社会のために使わないといけない。

そう気づく時が必ず来るよ。

だから大きくなって大人になったら、君達の時間をできるだけまわりの人のために使ってくださいね。

そして地上での時間が終わったとき、神様が天秤(てんびん)を持って待っているのです。

生きてきた時間のうち、人のために使った時間が多いか、自分のために使った時間が多いかをはかって、人のために使ったほうが多い人が天国に行けるんだよ。

そう話すと、子ども達は目をきらきらさせて、僕の話を聞いてくれます。

子ども達は、大人よりもすんなりと理解してくれるものです。

「天の御国は子どものような心を持ったもののためにある」という意味の聖書の言葉があります。

命とは何であるか。

本当に理解しているのは、もしかしたら子どものほうかもしれないですね。

『生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉』幻冬舎


我々がこの世を去ったとき、たった一つ、この世に置いていけるものがある。

それは、人に与えた喜びや悲しみ。

どんな財産も、大事にしてきた物も、美貌(びぼう)も、肉体も、何一つあの世には持っていけない。

だが、家族や、友人や、縁のある人々に遺した、言葉や、思い出はいつまでも残る。

人の心に遺したものが、歓びや楽しみ、笑いや、許し、感謝が多ければ、天国に行けるし、反対に不平不満や、愚痴、泣き言、恨み、悪口、非難、という悲しみや暗い思い出が多ければ天国へは行けない。

つまりそれが、人のために使った時間であり、人を喜ばせるために使った時間。

年を重ねたら、人は誰でもあの世に近くなる。

それは、神さまと近くなるということ。

だから、神さまに喜ばれることをしなければならない。

もういまさら間に合わない、と言うことはない。

いつだってスタートできる。

それは、命は時間だから。

残りの時間をどう使うか、だ。

人を喜ばせる人でありたい。


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