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2017.5.11

「日本男児」という生き方


笹幸恵氏の心に響く言葉より…

平日の昼間。

都内で電車に乗っていたときのことです。

ターミナル駅に着くと、私が立っているすぐ近くの座席が空きました。

乗車口からまっしぐらに座席に向かってきたのは、20代後半と思しき大柄の男性でした。

ラフな格好でしたから、サラリーマンではないのでしょう。

滑り込むようにして腰を下ろした彼は、おもむろにゲーム機を取り出し、せわしなく指を動かし始めました。

こんな光景は、どこでも見られることでしょう。

社内の誰も彼に注意を払いません。

空いた席に若い男性が座った、ただそれだけのことです。

いや、ちょっと待ってください。

本当にそれだけのことでしょうか。

車内を見渡せば、私を含め女性がたくさん立っています。

買い物帰りで荷物を持った主婦。

膨らんだショッピングバッグは、さぞ重たいことでしょう。

ピシッとしたスーツを着て、高いヒールを履いたキャリアウーマン。

おそらく足がむくんでいるに違いありません。

彼女たち全員に席を譲れとは言いません。

男性だって疲れているときがあるでしょう。

どうしても座りたいときがあるかもしれません。

けれど、そこに座っている大柄男は、疲れているどころか、ゲームをする元気があるのです。

うたた寝でも始めたのでしたら、「人知れず苦労があるんだな」と私は思ったことでしょう。

しかし、そうでないのは明らかです。

この世に男はいないのか。

いったい世の中はどうなってしまったのか。

男はいつから己のみかわいがるようになってしまったのか。

あるときから私は、「日本男児」の存在を知ってしまいました。

もはや死語かもしれません。

けれど彼らは、確かに私の目の前にいます。

そして様々なことを私に教えてくれます。

するともう、私はこうした日常の光景に無関心ではいられなくなるのです。

私は先の戦争で戦場となった場所を訪れ、甚だ微力ながら、日本軍将兵の慰霊追悼に努めています。

これは、私にとってのライフワークです。

こうした旅や様々な会合で、私はたくさんの戦争体験者と出会いました。

苛烈な戦場をくぐり抜けてきた人々です。

物腰の柔らかい人もいれば、頑固で偏屈な人もいます。

しかしながら、そうした個性とは別に、ほとんどの戦争体験者に共通していることがあります。

その共通点こそ、まさに「日本男児」なのです。

私は自分の祖父と同世代である彼らに学ぶことが多くありました。

ところが、そんな彼らに敬服しつつ帰国すると「あれ?」「あれれ?」と思うことが少なくないのです。

日本男児はどこへ行った?

戦争体験者はすでに80代から90代。

日本に帰れば電車で席を譲られる年代です。

南方ではそんな彼らが炎天下、ジャングルを歩き回ってピンピンしているというのに、かたや日本では20代の青年が真っ先に電車で席に座り、背中を丸めている。

心に引っかかる何かが芽生えるのは、そんなときです。

『「日本男児」という生き方』草思社


笹氏は本書の中でこう語る。

「人の本質が現れるのは、どんなときでしょうか。

人生、順風満帆のときは穏やかな人も、事業が失敗する、女房に先立たれる、家を追い出されるなど、自分が予期し得なかった局面にぶつかったとき、人が変わったように怒りっぽくなるかもしれません。

あるいは酒におぼれるようになるかもしれません。

最も人の本質が現れる究極のケースは、死を意識する場面に遭遇したときではないでしょうか」

戦争を美化するつもりは全くない。

しかしながら、戦争を経験してきた男たちには、一本筋が通っている人が多い。

それは、「やせ我慢」だったり、「タフな精神」だったり、「潔さ」だったり、「実直さや誠実さ」だったり、「私ではなく公の心」だったりする。

死線を越えてきたことにより、ある種の肚ができ、「生きているだけでありがたい」という気持ちが根底にあるからだ。

「日本男児」という言葉には、武士道の価値観がある。

武士道精神の中核をなすものとして、弱者への同情や共感、惻隠(そくいん)の情、卑怯なことを憎むこころ、などがある。

弱者への共感とは、弱い者いじめをしないことであり、「分け隔てがない」こと。

惻隠の情とは、相手の立場に立って、ものごとを感じ取るという、相手の心情を深く理解することであり、相手の痛みがわかり「思いやりの心」があること。

「日本男児」には限りない魅力がある。


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