2017.5.10 |
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感謝の念は品性を向上させる |
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後藤静香氏の心に響く言葉より…
いまこれを読む人たちの中に、「わたしなど、感謝することは一つもない」と言いたい人があるかも知れない。
試みにたずねてみよう…。
「あなたは、いま飢(う)えていられますか。あなたは、いまはだかですか」
あなたは、どうして今日たべた食物のために、いま着ている着物のために、また、いま住んでいる家のために感謝しないのか。
美しい景色、美しい空、清い空気、清い水…あなたは、こういうもののために、何ほどの価を払っていられるのか。
われらはこのような貴重なもののすべてを、ほとんど無料で供給されているのである。
有りがたいことではないか。
私は昨夜の心地よい安眠を感謝する。
今この思いを現す文字を知り、この文を綴りうることを感謝する。
なお原稿を印刷し、製本してくれる印刷所の好意を感謝し、価を払って求め、愛読してくれる多数の友あるを感謝する。
一言すれば、朝起きてから、夜床にはいるまで、感謝の念にみたされている。
世には、食物があっても食欲のない病人がある。
食欲があっても食物のない貧民がある。
しかるに私は、食欲が生じて食物がある。
有りがたいではないか。
更に墓域(ぼいき)に立って、逝きたる友の過ぎこし方を思うとき、しみじみと自己の生存に対する感謝の念がわいてくる。
「けさもまた箒(ほうき)とる手のうれしさよ
はかなくなりし人にくらべて」
感謝の念は品性を向上させる。
ワシントンは、すべての事務を処理する前に感謝した。
ネルソンはトラファルガーにおける最後の瞬間にも感謝した。
われらはどんな境遇におかれても、感謝すべき十分な理由がある。
シェイクスピアはいう、「わたしは乞食になっても感謝するであろう」と。
感謝を忘れる気の毒な人たち。
そこに不平があるなら、どこにいっても、不平の種の尽(つ)きるときはあるまい。
いまの境遇で感謝のできない人は、おそらく一生を通じて、感謝できない人であろう。
「境遇の改まらんことを願うなかれ
心の改まらんことを祈るべし」
人生がつまらぬというのは、結局、自分がつまらぬことの告白にすぎない。
気持ちが変われば、その瞬間から生活が一変する。
感謝のおもいに満たされるとき、
「雨おもしろく、風おもしろく
晴天さらにおもしろし
花の春、泉の夏うれしく
月の秋、雪の冬またうれし
順境もとより感謝すべく
逆境また更に感謝すべきである」
『楽園』善本社
品性がない人は、感謝の心が足りない。
品性がない人は、「礼儀知らず」「言葉が汚い」「思いやりがない」「人のせいにする」「愚痴や悪口が多い」等々の行動があるが、それらの多くは感謝の念が足りないところから来ている。
感謝の心がある人は、謙虚だ。
オレがオレがという我(が)がない。
「おかげさま」という感謝の気持ちを常に持っている。
感謝の念は品性を向上させる。 |
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