2017.4.18 |
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面白がること、ふざけること |
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佐藤愛子氏の心に響く言葉より…
友達の中には私が年中、物を盗まれたり騙(だま)されたりしているのを見て心配し、真剣にお説教をしてくれる人がいる。
しかし私はどんな同情や説教よりも「ただ面白がる」遠藤(周作)さんによって慰められる。
「今度からオレに相談せえ」
と遠藤さんはいい、私は「うん」というが、相談してもその通りにしたことがない。
多分、私につける薬はないのである。
どんな薬を持ってきても私には効かないのだ。
遠藤さんにはそれがわかっているのだろう。
薬が効かないとなれば、病人の手をただ握ってやるしかない。
遠藤さんはその握り方を心得ている人なのだ。
これで狐狸庵(こりあん)流のデタラメさえいわなければ、彼は最高の人物なのであるが…。
《淑女失格「私の履歴書」》
6年前、私の娘の結婚が決まり、その披露宴での祝辞を私は遠藤(周作)さんに頼んだ。
娘の嫁ぎ先は実業畑の真面目で常識的な人たちが揃っているから、祝辞は自然真面目でしかも長々しいものになった。
宴席に料理が運ばれ、それを食べながらスピーチを聞くのであるから、あまり長いと皿の音やら私語やらでザワザワしてくる。
そこで私は末席からメインテーブルの遠藤さんにメッセージを送った。
…つまらんから面白うしてちょうだい。
すると遠藤さんから返事がきた。
「ナンボ出す?」
そのうち遠藤さんの祝辞の番がきて、遠藤さんはマイクの前に立った。
そしていきなり大声で叫んだ。
「みんな、メシを食ってはいかん!」
一座はびっくりしてシーンとなる。
その途端に傍らのテーブルから北杜夫さんがいった。
「酒は?」
「酒は飲んでよろしい…」
わーっと笑い声が上がって私は嬉しくなった。
「小説を書く人間はみな、おかしな人であります」
遠藤さんのスピーチはそんなふうに始まった。
「ここにいる北杜夫もおかしいし、河野多恵子さんも中山あい子さんもみなおかしい。
その中でも一番おかしいのは今日の花嫁の母、佐藤愛子さんであります。
杉山さん(婿さんの姓)。
これからこの人をお母さんと呼ぶのは大変ですぞ」
人が笑う。
しかし遠藤さんはニコリともせずにつづけた。
「私は昔、中学生であった頃、電車でよく会う女学生であった佐藤愛子に憧れ、何とかして彼女の関心を惹(ひ)こうとして、電車の吊り革にぶら下がって猿の真似をしました。
そしてバカにされたのであります…」
例によって例のごときデタラメである。
「今思うと私はなんというオロカ者であったか、あんな猿の真似をしたりしなければ、今日はこの披露宴の父親の席に座っていたと思いますが…」
爆笑の中で遠藤さんはいった。
「最後に私から花婿にお願いがあります。
どうか佐藤愛子さんを、この厄介な人をよろしくお頼みもうします…」
普通ならばこういう時は「愛子さんの大事な一人娘をよろしく」というところだ。
おふくろをよろしく、というのは聞いたことがない。
私はジーンときた。
遠藤さんはやっぱり私のことを心配してくれていたのだ。
それがはっきりわかった。
だがその後、遠藤さんは手洗いに立ち、末席の私の傍らを通りながら、
「おい、7千円やぞ、7千円…」
といって出ていった。
ジーンんときていた私は忽(たちま)ち我に返って、
「7千円は高い…」
と早速いい返したのであった。
《不敵雑記たしなみなし》
『人間の煩悩 (幻冬舎新書)』
小林正観さんはこう語る。
「神様は…
面白がる人には、どんどん面白いこと
楽しがる人には、どんどん楽しいこと
幸せがる人には、どんどん幸せなこと
を、くださるみたいなのです。
さらに、さらに重要なこと。
感謝する人には、感謝したくなるような現象を、次々に降らせるみたいだ。」
面白がること、ふざけることこそ、人生に明るさや元気さをもたらしてくれるものはない。
それは子供心を呼び覚ますことであり、そして、それこそが人間の幅や深さと言う余裕の源泉となる。
面白がる人には、どんどん面白いことがやってくる。
楽しがる人には、どんどん楽しいことがやってくる。
人生を面白がったり、時にふざけて生きることができたら最高だ。 |
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