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2017.1.21

一言力


川上徹也氏の心に響く言葉より…

不利な立場に立たされた時こそ、「一言力(ひとことりょく)」が モノをいいます。

1984年のアメリカ大統領選挙は、2期目を目指す共和党のロナ ルド・レーガン大統領に民主党のウォルター・モンデール候補が挑 む戦いでした。

当時、レーガンは既に73歳。

対するモンデールは56歳。

マスコミ報道や世論調査でもレーガンの高齢を問題にしました。

キューバ危機の時、故ケネディ大統領が何日も徹夜で問題解決にあ たったことを例にあげ「 既に最高齢大統領のあなたにその体力はあるのか?」と質問したの です。

レーガンにとっては一番触れられたくない弱点で、嫌な質問です。

しかし彼はすました表情のまま、短い言葉でその立場を逆転しまし た。

それは以下のようなものです。

「わかってほしいのは、私がこの選挙で年齢問題を争点に取り上げ るつもりはないということです。

したがって対立候補(モンデール)の若さや経験不足を争点にして 取り上げようとは考えていません」

この抜群の切り返しに会場は爆笑につつまれます。

質問にたった司会者も、対立候補のモンデールさえもが思わず笑っ てしまったくらいです。

その結果、レーガンの年齢問題は不問にされ、選挙ではレーガンが 圧勝しました。

のちにレーガンは「私はこの14語のセリフによって大統領当選を 確実にした」と回想しています。

これは一言力の中でも「短答力」と言える能力です。

スポーツ界でも、名選手や記憶に残る選手は「一言力」が秀でてい ることが多いです。

例えば、日本プロ野球界で選手としても監督としても大きな実績を 残した野村克也は、その「一言力」によって多くの人に注目されて きました。

彼の一言力は、天性のものではなく、あらかじめ準備し鍛えること によって身についたものです。

現役時代、史上2人目の600号ホームランの時に語った「王や長 嶋が太陽の下で咲くヒマワリなら、オレは夜にひっそり咲く月見草 のようなもの」という有名なフレーズは、数ヶ月前から準備して考 えていたものでした。

当時、所属していたパ・リーグは人気がなく、印象に残るコメント を出さないと新聞記事にしてもらえないという思いから、 ずっと前から考えていたのです。

太宰治の『富嶽百景』の一節「富士には月見草がよく似合う」をヒ ントにこのフレーズを思いつき、ここぞとばかりに語りました。

これは一言力のなかでも「比喩力」に分類される能力です。

その後も、本人の言葉やそこから派生した言葉として、現役時代に は「生涯一捕手」、「解説者時代には「野村スコープ」、 監督になってから「ID野球」「野村再生工場」など、流行語にな るような言葉がいくつも生まれ(こちらは「命名力」という能力) 、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督時代には、試合後のコメン トが必ずスポーツニュースなどで使われていました。

これらもすべて思いつきだけではなく、普段からいろいろな本を読 み、使えそうな言葉を常にストックしていたといいます。

レーガンも、その場で思いついた一言のように語ってはいますが、 実際は「必ず来る質問」なのですから、周到に準備していた可能性 が高いでしょう。

このような、人知れず行う、地道な努力や準備も、「一言力」を向 上させるためには欠かせません。

もちろん、当意即妙の「一言」がいつでも口から出る天才的な方も いるでしょうが、多くの人はそうではないでしょう。

私の職業はコピーライターです。

コピーライターはもっとも「一言力」が必要とされる職業だと言え るかもしれません。

会社経営にも「一言力」は重要です。

経営者は社内外に向けて、自らの「方針」「理念」を示し続けなけ ればいけません。

それが「本質をえぐった刺さる言葉」であるか、「手垢にまみれた 常套句(じょうとうく)」であるかは、評価に大きな影響を与えま す。

社員のモチベーションにも大きな影響を与え、ひいては業績も左右 します。

『一言力 (幻冬舎新書)』


「寸鉄人(すんてつひと)を刺す」ということわざがある。

短い言葉で、相手の急所や、要点をつく、ということ。

短くて核心をついた言葉、つまり「一言力」。

短い挨拶で、会場を沸かせたり、たった一言で人を感動させる人には限りない魅力がある。

安岡正篤氏は、こう語る。

「挨拶(あいさつ)とはどういう意味かと申しますと、挨も拶も、 直接の意味はぴったりとぶつかる、すれ合うということで、 従って物を言うのに、相手の痛いところ、痒(かゆ) いところへぴったりと当たる、これが挨拶であります」

挨拶は、「一挨一拶(いちあいいっさつ)」という禅語からきているという。

挨は「押し開く、近づく」という意味で、拶は「迫る」ということ。

本来は、師が弟子の成長度合いを知り、その人物の修養の深さをはかるという、真剣勝負のぶつかり合いをさすという。

つまり、その時の応対によってその人物をはかる。

それを「応対辞令」というが、たった一言で、その人物の深浅がはかられてしまう。

これは、禅の修行の場だけではなく、我々の日常でも同じ。

一言力を高めたい。


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