2016.12.6 |
|
可能だけれど誰もやらないこと |
|
セス・ゴーディン氏の心に響く言葉より…
何かをはじめるかどうか決めるとき、それがいかに簡単にできるかによって判断することが多い。
しかし、この判断には問題がある。
もしそれが簡単にできることなら、やる価値はあまりないからだ。
たとえば、ブログをはじめるのは簡単だが、それじたいは大したことではない。
だが、毎日欠かさず書いて、4100もの投稿を続けることは簡単ではない。
それは可能だけれど誰もやらないことであり、だからこそ、やる価値がある。
成功している企業が求めているのは、この「可能だけれど誰もやらないこと」である。
「アマゾン」が巨大書店チェーンの構想を思いついたとき、アナリストたちはそれを無謀だと笑った。
しかし、それはまさに「可能だけれど誰もやらないこと」だった。
もちろん、粘り強さと才覚、そしてちょっとした運は必要だが。
一方、人はときに不可能なことを求める。
「グーグル」を超える検索エンジンを構築することは不可能である(もしその目的が市場を独占することなら)。
不可能なプロジェクトを行うのが楽しいのは、成功した場合にどうなるかを心配する必要がないからだ。
ただ不可能な夢を見ているだけである以上、そこには何の不安も危険もない。
だが、「可能だが誰もやらないこと」には実現の余地がある。
簡単なことは無視して、あえてこの分野にチャレンジしよう。
『セス・ゴーディンの出し抜く力: 先がわかる人は、何を見ているか (単行本)』(神田昌典監訳)三笠書房
「平凡なことを非凡に努める」
イエローハット創業者、鍵山秀三郎氏の言葉だ。
また、「微差の積み重ねが大差を生む」とも言う。
なぜなら、1日1%の差を1年続けると、それは1年後には3778%にもなる。
なんと、38倍もの差だ。
たとえば、1日24時間(1440分)の1%は、14.4分。
つまり、1日15分を何かを変えるために使えば、それが1年後には38倍になって返ってくるということ。
「可能だけれど誰もやらないこと」
誰でもできるけれど、誰もがやらないこと、やりたがらないこと。
平凡なことを非凡に努めたい。 |
|
|