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2016.5.17

私がどう生きるかだけ

小林正観さんの心に響く言葉より…

すべての人間関係において、自分の思いどおりにしようと考えることは、やめたほうがいい。

その人がそのように生きたいというのであれば、それを丸ごと認めてあげる。

「ではその人が、どんな生き方をしてもいいのですか?」

と質問する人がいますが、答えは、

「どんな生き方をしてもいい」

要は、「私がどう生きるか」だけ。

人を責める必要はありません。

ブラブラと生活している人が許せないと思うなら、自分はブラブラ遊びながら生きないぞ、と自分に刃を向けていく。

たとえば仕事をさぼり、要領よく立ち回って給料をもらっている人がいるとしましょう。

それが羨(うらや)ましいと思うなら、自分もそうすればいい。

それが許せないと思えば、自分はそのようなことをしなければいいのです。

この人が許せないと糾弾する必要はありません。

仕事をさぼって要領よく生きる人は、そのような生き方に見合った結果が返ってきます。

ですから、その人をなんとかしなければとか、この人を糾弾しなくてはと思う必要はありません。

ただ、「私はしない」と自分の問題としてとらえる。

もし糾弾したとしたら、糾弾された友人や家族は、みんなあなたから去っていくでしょう。

神様は人を糾弾する人には味方をしません。

大切なことは、人を責めて糾弾することではなく、「私」がどう生きるかだけです。

『「今」という生きかた (廣済堂文庫)』


誰かを責めたり糾弾するということは、悪口、不平不満、グチ、文句を言うということ。

そして、そいう人には「ゆるし」がない。

他人のことを責めたり悪口ばかり言っていれば、人は去っていく。

しかし反対に、いつもニコニコと、楽しそうに、感謝の気持ちで、機嫌よく生きてる人のまわりには、たくさんの人が集まる。

どちらを選ぶかは自分次第だ。

人生は、結局、「どう生きるか」だけ。

感謝の気持ちで、明るく楽しく、機嫌よく生きてみたい。



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