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2016.5.6

頭にガツンと一撃

ロジャー・フォン・イーク氏の心に響く言葉より…

あるとき、禅僧の師弟はある問題について論じあっていた。

長時間論じあったにもかかわらず、弟子は教えの要点を理解するようすがなかった。

とうとう師は杖をとりあげて、弟子の頭のわきをガツンと一撃した。

とたんに弟子は事態をのみこんで、「違うこと」を考えはじめた。

「頭にガツンと一撃」をくらわないことには、私たちは「似たりよったり」の考え方をさせる前提から抜けだせないことがある。

私たちはこの弟子のように、ときおり頭のわきをガツンとやられる必要がある。

こうしてはじめて、習慣的な思考形態から解放され、問題を考えなおすことを強いられ、新たな疑問を感じて、ほかの正しい解答を引き出す可能性が生まれる。

皆さんに「ガツン」と一撃を与えるのは、ときには問題や失敗であり、ときには冗談やパラドックスであり、また、ときには、驚きや予想外の事態だろう。

トーマス・エジソンは、ガツンとやられたことの利点を示す好例である。

若いころ、彼は電信装置の改良に最大の関心を示し、多重電信システム、チェッカー・テープ装置の発明をはじめ、さまざまな電信技術の革新をもたらした。

ところが1870年代の初めに、実業家ジェイ・グールドがウエスタン・ユニオンの電信組織を買い占め、この産業の独占体制を確立した。

グールドがこの組織を所有するかぎり、技術革新は以前ほど必要でなくなる。

エジソンはこの事実にガツンとやられて、電信に明けくれた日常を離れることになった。

そしてやむなく、自分の才能を生かす道を求めて、ほかの分野に目を向けたのである。

それから数年ののちに、彼は電球、発電機、蓄音機、映写機など、多数の発明をしている。

彼はこれらのものをいつかは発明したことだろうが、グールドが与えた一撃が彼にもうひとつの正解を求めさせる刺激になったことは確かである。

私たちは、たいていのことをするのに創造的である必要はないが、「何か違うことを考える」必要に迫られたときには、私たち自身の姿勢がその障害になりかねない。

私はこれらの姿勢を「頭のこわばり」と呼ぶ。

頭のこわばりをほぐす方法は二つある。

ひとつは、それに気づいて、アイデアを生み出みだそうとするとき、一時的にそれを忘れることである。

それができないときには、「頭にガツンと一撃」をくらう必要があるかもしれない。

それで、こわばりを固定している思い込みから解放されるはずである。

『頭にガツンと一撃 (新潮文庫)』城山三郎訳


時代の大きな変化という「深い谷」を飛び越えるときは、自分の背負っている荷物を捨てなければならない。

今まで何年もかかって得てきた知識や、経験、こだわり、慣習等々の荷物だ。

いろんなしがらみや思い込みを捨てて軽くならなければ、時代の変化という「深い谷」は飛び越せない。

何かを捨てなければ、別の何かは入ってこない。

洋服ダンスの中身が一杯なのに、新しい洋服を買ってしまうのと同じ。

断捨離が必要だ。

断捨離とは、モノへの執着を捨てることが最大のコンセプトだという。

同様に、「頭にガツンと一撃」をくらうとハッとする。

行徳哲男師はこう語る。

「『武蔵野』を書いた国木田独歩の短編小説に、『牛肉と馬鈴薯』という作品がある。

その中で主人公が一番の願い事としていること、それは政治家になることでもない。

事業家になることでもなければ、哲学者になることでもない。

もしこの願いさえ叶えられるならば、他は何もいらないと言っているもの。

それは、どんなことにでも「ハッ!」と出来る人間になることである」

どんなことにでも「ハッ!」と出来る人間でありたい。



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