2016.4.19 |
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かわいげのある言葉 |
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萩本欽一氏の心に響く言葉より…
言葉のパンチを出す人って、どこの会社にもいる。
そういう人は、すぐに上司や同僚とケンカになって、職場の空気を悪くするし、自分の立場も悪くする。
会社の中では「正論」が、危険なパンチになることがよくあるよね。
これは言い方が正しくないってこと。
言ってることが正しくても、言い方が正しくなければ、その日本語は正しくないし、相手を気持ち悪くさせる。
「どうして、すぐにA社に連絡をしなかったんですか?
それは、A社が処理すべき問題であって、ウチがやるべきことではないでしょう。
莫大な時間と経費のムダですよ」
なんて、まくしたてる。
自分が言っていることに間違いはないと確信してるから、自信満々にまくしたてる。
こんなことがわからないなんて、どうかしてるんじゃないですか?と言わんばかりに正論をぶつける。
言われているほうとしては、こいつの言っていることは正論であるんだけど…、という気持ちすらフッ飛んで、ひたすらどこまでも気分が悪くなる。
こいつは人の気持ちのわからないヤツだ、人間として最低だ、というような気分を高める。
そうならないためには、どうすればいいのか。
正論を言うときには、その頭やおしりに、かわいげのある言葉を足せばいいの。
たとえば「ボクみたいな、いつもヘマばっかりやっている人間が言うのもなんなんですけど…」のような言葉を頭にくっつけてみる。
感情が高ぶって、つい、頭に言葉を足すのを忘れたときでも、おしりのところに「…なーんて、みなさんが先刻ご承知のことをエラそうに言っている自分が、恥ずかしくなってきました」のような言葉を足せば、正論の破壊力が、ずいぶん緩和される。
頭とおしりと両方に、かわいげのある言葉を足せば、もっともっと緩和される。
自分なりにかわいげのある言葉を、いくつか用意して持っておくと、自分も相手も会話で気持ち悪くなることがめっきり減るから、すごくいい。
言葉のパンチが、パンチじゃなくて、相手のほおをなでてるくらいの、ソフトな言葉に変わるからね。
『人生が楽しくなる気持ちのいい日本語 (ゴマ文庫)』
「感動」という言葉はあるが、「理動」という言葉はない。
人は、感じて動く生き物であって、決して理屈では動かないからだ。
どんなに正論であっても、反論しようのないほど、上から目線で偉そうに言われたりしたら、誰もが反発したくなる。
理屈の人にはかわいげがない。
言葉にも態度にも、親しみやすさや愛きょうがない。
正論だけでなく、ちょっとした意見でも同じだが、そこにかわいげのある言葉をちょっと足すと相手に伝わりやすい。
「言葉のパンチではなく、相手のほおをなでてるくらいの、ソフトな言葉に変える」
かわいげのある言葉を使いたい。 |
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