2016.3.2 |
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ハーバードでいちばん人気の国・日本 |
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佐藤智恵氏の心に響く言葉より…
ハーバード大学経営大学院のイーサン・バーンスタイン助教授が「テッセイの物語を教材にしたいんだ」と熱い思いで語ってくれたのは、2014年6月のことだ。
テッセイとは、「JR東日本テクノハートTESSEI」(以下、テッセイ)のこと。
JR東日本が運行する新幹線(東北・上越・山形・秋田)の清掃業務を請け負っている会社である。
あの「新幹線お掃除劇場」で有名になった会社といえば、ご存じの方もいるだろう。
バーンスタイン助教授は、その年の春、テッセイを訪問し、これ以上ないというくらいの感銘を受けた。
日本人のリーダーや従業員の皆さんがやり遂げたことがどれだけすごいことか、熱弁をふるうバーンスタイン助教授をみて、ハーバードにもこんなに日本企業のことを評価してくれている教授がいるんだ、と感激したのを覚えている。
時をほぼ同じくして、「ハーバードでいま、いちばん人気のある国は日本なんですよ」と現地の日本人留学生から聞いた。
なんでも日本への研修旅行は毎年、100名の予約枠がすぐに埋まってしまうほどの人気ぶりだという。
日本にいると気づかないが、ハーバードで取材をしていると、日本が世界に大きな影響を与えてきた国であることをあらためて実感する。
世界初の先物市場が、日本で生まれたこと、戦後の日本の経済成長が、新興国の希望となってきたこと、日本のオペレーションシステムが、世界の人々の道徳規範となってきたこと…。
こんな話を教授陣から聞いているうちに、何だか私の心まで熱くなった。
1900年、アメリカで出版された『武士道』(新渡戸稲造著)は、リーダーの道徳規範となり、セオドア・ルーズヴェルトやジョン・F・ケネディに愛読された。
終戦後の1946年、原爆投下後の広島を取材した『ヒロシマ』(ジョン・ハーシー著)は、アメリカでベストセラーになった。
1980年代、ハバードの教員をはじめとする知識人は皆、『ジャパンアズ ナンバーワン』(エズラ・F・ヴォーゲル著)を読んでいた…。
2000年代前半の金融不祥事、2008年の金融危機を経て、いま、欧米の金銭至上主義が限界を迎えているといわれている。
そんな時代だからこそ、日本が世界に教えられることはたくさんあるのではないだろうか。
テッセイの再生物語は授業で教えられるやいなや、大反響を巻き起こしている。
バーンスタイン助教授のもとには学生から「こんなリーダーシップがあるなんて、思いもつかなかった」「テッセイの話は私の価値観を変えてくれた」といった熱烈なコメントが寄せられている。
日本企業の事例はどれも「お金で人は動かない」「人を大切にせよ」と本質的なことを教えてくれる。
そこが欧米人の学生をハッとさせるのであろう。
『ハーバードでいちばん人気の国・日本 (PHP新書)』
テッセイについては同書(ハーバードでいちばん人気の国・日本)にはこう書かれている。
「新幹線お掃除劇場」が誕生したのは、2005年、矢部輝夫さんがテッセイの取締役経営企画部長に就任したことがきっかけだ。
それまで安全対策の専門家としてJR東日本の要職を歴任してきた矢部さんが、まったく畑違いの清掃会社の役員に就任することになったのである。
テッセイは当時、JR東日本のなかでもそれほど評判のよい会社ではなかった。
乗客からのクレームも多く、離職率も高い。
ほんとうにトラブルだらけの会社だったのである。
矢部さんが最初に行ったのは、現場を徹底的にみて回ることだった。
それまで役員が現場に来ることなどなかったため、新幹線の清掃現場に現れた矢部さんをみて従業員はビックリしたそうだ。
矢部さんが気づいたのは、従業員のあいだに「自分たちはしょせん清掃スタッフ」という意識が蔓延していたことだった。
清掃自体には非常にまじめに取り組んでいる。
しかし、「いわれたことをそのとおりやってもらう」という会社の管理体制が、やる気を失わせているように思えた。
矢部さんがJR東日本時代、安全システムの専門家として学んだのは、「マニュアルどおりやるだけでは事故はなくならない」ということだ。
「安全と密接な関係を持つ人間の心理を30年以上追求してきた身として、テッセイに必要なのも同じく、何よりも人間のやる気を高めることだと思いました。怒って改善できるものなら、私だって怒って命令してやらせます。しかし、30年の私の経験では、ただ怒っても人間のミスは治らないのです」(日経BPネット)
矢部さんが行ったのは、新幹線の清掃という仕事の価値を「再定義」すること。
次のような言葉を何度も従業員に投げかけたという。
「失礼だがみなさんは、社会の川上から流れついて今、テッセイという川下にいる。
でも、川下と卑下しないでほしい。
みなさんがお掃除をしないと新幹線は動けないのです。
だから、みなさんは、お掃除のおばちゃん、おじちゃんじゃない。
世界最高の技術を誇るJR東日本の新幹線のメインテナンスを、清掃という面から支える技術者なんだ」
すぐには変わらなかったが、言い続けているうちに、従業員が少しずつ変わりはじめていくのがわかった。
それだけではない。
矢部さんは、自ら現場の一員となり、現場の問題を率先して解決する役目を引き受けた。
従業員の不満や提案を、“価値のある助言”として聞き入れたのだ。
現場と経営陣とのあいだの距離が遠いというのが、この会社の根本的な問題だと感じていたからである。
待機所に石鹸がない、エアコンがない、といったことに一つひとつ対応し、信頼を勝ち得ていった。
これまでどれだけいっても実現してもらえなかったことが、目の前で改善されていくのをみて、従業員は驚きを隠せなかった。
「自分が提案したことを矢部さんは実現してくれる」
従業員たちは次々と、改善案を提案するようになった。
清掃パフォーマンスをさらに効率的にするにはどうしたらいいか。
どんな清掃用具がいいか。
ホームにいる乗客に、清掃を目で楽しんでもらうにはどうしたらいいか。
浴衣(ゆかた)、アロハシャツ、帽子、整列して一礼、などはすべて現場からのアイデアだ。
こうした提案を次々に実現していくうちに、いつしか多くのメディアが注目するようになった。
とくにこぞって特集を組んだのは海外メディアだ。
CNN、BBCなど世界中のメディアで紹介された。
なぜこれほどまでに注目を集めたのか。
7分で1人1車両を完璧に掃除する、という奇跡的なオペレーションが目でみて面白い、ということはもちろんある。
しかし、それ以上に、働いている従業員が皆、誇りとやりがいをもって仕事をしていることが、欧米人にとっては信じられないことなのだ。
階級社会が色濃く残る欧米で、清掃の仕事にやる気満々で取り組んでいる人はほとんどいないといってもいいだろう。
ところがテッセイの従業員は皆、情熱をもって仕事をしている。
それはお金のためというよりは、「人のために役立っているのが楽しい」と感じているからである。
3K(きつい、汚い、危険)と呼ばれ、一般的には敬遠されるような職場で、やりがいをもって仕事をしている。
それこそがまさに「奇跡」なのだ。
(以上本書より抜粋転載)
ハーバードの授業というと、最新のITや世界的な大企業などのケース(事例)を取り上げ、それを議論するのではないか、というイメージがある。
しかしながら、日本の、それも非上場の清掃会社の事例が、すごい人気だという。
『日本企業の事例はどれも「お金で人は動かない」「人を大切にせよ」と本質的なことを教えてくれる』
先の読めない変化の時代は、本質に返って、もう一度足元を見直すことが必要となる。
どんな時代になろうと、本質をついた経営は世界でも通用する。 |
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