2016.1.24 |
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学び続ける人 |
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牛尾治郎氏の心に響く言葉より…
「少にして学べば壮にして為すことあり
壮にして学べば老いて衰えず
老にして学べば死して朽ちず」
安岡正篤先生を囲む勉強会「而学会(じがくかい)」を評論家の伊藤肇さんなどと共に昭和47年に立ち上げました。
「而学」は江戸時代の儒者・佐藤一斎の『言志四録』の言葉に由来しています。
「少而学。 則壮而有為。
壮而学。 則老而不衰。
老而学。 則死不朽」
学は一生の大事である。
学び続けることが人生を全うすることである。
そのことを鋭く説いている言葉です。
この言葉は書き下し文では「〜して学べば〜」というところを「而学」(ジガク)と書きます。
それを会の名称にしたのでした。
というのは、安岡先生がこの言葉が大好きだったからです。
「人間は学び続けなければならない。学ぶことをやめたら、人間でなくなる」
よくそんなふうに言われていたものです。
学び続けることを人に説くだけではありません。
安岡先生ご自身が終生学ぶことをやめない人でした。
安岡先生の講義をうかがうと、誰もがその博識に圧倒されたと思います。
桁違いとも言える知識の厚みに、私などはほとほと感心するほかはありませんでした。
私から見れば、安岡先生の学問は完成の域に達しているように思われました。
これ以上何を学ぶことがあるのか、という感じを抱かせたほどです。
だが、安岡先生の真理に対する探究心は飽くことを知りませんでした。
学ぶことをやめようとはしませんでした。
而学会に限らず、安岡先生を囲む勉強会では、先生の講義のあとに必ず質問の時間がありました。
会によっては、宴席に移って一献酌み交わしながら、談論風発となることもありました。
だが、どのような場であれ、どのような種類の質問であれ、安岡先生は決して疎かにはしませんでした。
一つひとつに丁寧に答えを与えられるのです。
同時に、安岡先生は決して生半可な知識や当て推量で答えることはありませんでした。
うろ覚えのことやはっきりしないことは、必ず「調べてみます。あとで答えましょう」と言われ、回答を保留されたものです。
そして、どんな質問にも膨大な資料を当たってきちんと調べ、次の機会に明快に答えられるのです。
あれは安岡先生が学問をこよなく愛し、愛する学問に徹底した誠実を尽くされた現れだな、といまさらのように思います。
『わが人生に刻む30の言葉』致知出版社
若い時に学問にはげめば、壮年になったときに意義ある仕事を為すことができる。
壮年になっても学び続ければ、気力や胆力が衰えることはない。
老年になっても学ぶことをやめなければ、死してもその生き方や精神は忘れ去られることはない。
人生のどの時期、どの瞬間をとっても、コツコツと倦(う)まずたゆまず勉強し続けること。
人も社会も、時代とともに進化し続けている。
学びがない人には、進歩発展はない。
「人間は学び続けなければならない。学ぶことをやめたら、人間でなくなる」
いくつになっても、学び続ける人でありたい。 |
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