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2016.1.3

野鴨の哲学


行徳哲男師の心に響く言葉より…

デンマーク郊外のジーランドという湖に一人の善良な老人が住んでいました。

老人は毎年遠くから飛んでくる野鴨(のがも)たちにおいしい餌を与えて餌付けをしました。

するとだんだん鴨たちは考え始めるのです。

こんなに景色がいい湖で、こんなにおいしい餌がたくさんあるのに、何も苦労してまで次の湖に飛び立つことはないじゃないか。

いっそのこと、この湖に住みついてしまえば毎日が楽しく、健康に恵まれているじゃないか、と。

それで鴨たちはジーランドの湖に住みつくようになって、飛ぶことを忘れてしまうわけです。

しばらくはそれでもよかったんです。

確かに毎日が楽しくておいしい餌にも恵まれていましたからね。

ところがある日、出来事が起きます。

毎日餌を用意してくれていた老人が老衰で死んでしまったのです。

明日からは食べるものがない。

そこで野鴨たちは餌を求めて次の湖に飛び立とうとします。

しかし、数千キロも飛べるはずの羽ばたきの力がまったくなくなってしまって、飛ぶどころか駆けることもできない。

やがて近くにあった高い山から雪解けの激流が湖に流れ込んできました。

他の鳥たちは丘の上に駆けあがったり飛び立ったりして激流を避けましたが、醜く太ってしまった野鴨たちはなすすべもなく激流に押し流されてしまうのです。

これが「野鴨の哲学」と呼ばれるものです。

これはトーマス・ワトソンがIBMをつくるきっかけとなった哲学でもあります。

野生の鴨というのは、一万二百キロを無着陸飛行できるほどだそうですよ。

私は実際にニュージーランドから中国まで飛んできたという鴨の写真を持っていますけれど、これだけの距離を一週間と数時間で飛んで来る。

寝ることもなく飛び続けるんです。

だから、野生の鴨の羽ばたきというものはすごいものなんですね。

この話は戦後の日本人の歩みに当てはめるとよく理解できますよ。

敗戦の瓦礫(がれき)の中から立ち上がり、必死に働いて経済大国と言われるようにまでなった。

食べ物の心配も、着るものの心配も、住むところの心配もない。

そして、安全、自由、平和…。

しかし、豊かさと平和を貪ったところから野生のエネルギーを失い始めた。

結局、野鴨の哲学というのは何かと言えば、安住安楽こそがすべての悪の根元だということですよね。

「何とかなっているから、いいじゃないか」

「これで十分じゃないか」

と思った時は、すでに悪が芽生えているわけです。

だから「野鴨の哲学」というのは、飼い慣らされるんじゃないぞ!という強烈なメッセージですよ。

豊かさと平和に酔いしれている今の日本人は何もかも身につけすぎていますよ。

野生の鴨たちは羽毛以外には何も身につけていませんからね。

必要のないものを捨て去る勇気を持たなくてはいけません。

その意味でも、一刻も早く野生に帰る必要があるでしょう。

『いまこそ、感性は力』(行徳哲男・芳村思風)致知出版社


「不振にあえぐアメリカの新聞、『ワシントン・ポスト』を買収したのは、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏。

ワシントン・ポスト電子版の10月の訪問者数は6690万人とデジタル戦略で先行するニューヨーク・タイムズを初めて逆転し、11月にはリードをさらに広げ、ベゾス氏が買収を発表した13年8月の3倍近くに達したという。

編集局の一角には、ベゾス氏の次のような言葉が大きく刻まれている。

『何が危険か。それは進化しないことだ』」(日経新聞2015/12/23 「米国メディアの波頭」)より

世の中やまわりがまったく変化しないのなら、自分も変わる必要はない。

しかし、現実には、世界はすさまじい勢いで変化している。

新聞や出版業界を始めとして、ありとあらゆる業界でそれは起こっている。

インターネットの威力だ。

ぬくぬくとした現状に慣れ切ってしまうと、ひとたびそこに大変化という激流が流れ込んだときには、溺(おぼ)れるしかなくなる。

進化すること、変化することが今ほど必要なときはない。

「野鴨の哲学」を肝に銘じたい。


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