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2015.10.28

沢庵さんの夢と無作(むさ)


境野勝悟氏の心に響く言葉より…

安土桃山時代から江戸時代の前期の臨済宗の僧、沢庵(たくあん)和尚は、宮本武蔵の心の師であった。

正保二(1645)年の十二月の上旬に、沢庵さんが病の床に臥(ふ)したと聞いて、たくさんの人が、品川の東海寺に集まってきた。

沢庵さんは、床の上から、集まった人たちに、こう話された。

「このたびは、わたしも、寿命だと思っている。

わたしは、この世に生まれたときも、一人でやってきた。

また、このたびも、一人で、この世を去る。

だから、どうか、悲しんでくれるな。

わたしがこの世を去ったら、どうか、みんなで、鐘や、たいこをたたいて踊ってくれ」

みんな、あぜんとして、声が出ない。

さすが、剣豪の柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)が、枕もとに、つと寄って、声をかけた。

「和尚に、おたずねします」

「なんじゃな」

「和尚が亡くなる日時が、わかりますか?」

「うん。昨夜、あみださまがわたしのところへ来てな。“今日、来るのか、明日、来るのか”と、聞くんだな」

「それで、なんとお答えになられましたか?」

「行きたくない、と答えてやったわ」

人気のある「たくあん漬け」を考案した沢庵さんには、心にしみる話が、たくさんある。

その沢庵さんが、一生、大事にした言葉は、「夢」と「無作(むさ)」であった。

「いい夢を見て、大喜びしたとて、朝、目が覚めてみると、そこには、なんにもない。

悪い夢を見たとて、朝には、消えてしまう。

人生というものも、カネを大儲けして豪華な生活をしても、貧しい生活をしても、死ねば、夢だ」

そして、こうつづける。

「だから、まわりに対して、あまり、ああしよう、こうしよう、ああしたらいい、こうしたらいいと、他人にべたべたしない。

世の中、ある程度は、運命にまかせよ」…と。

「無作」とは、ことさら、あれこれと、いじくりまわさないことだ。

できるだけ、自然の流れに乗る。

まわりに感謝だけして生きる。

過去の栄華は、ひとつも語らなくても、若い人を心で感化して、善導する。

老後は、家族や親せきについても、「無作」がいい。

むかし活躍したことを強調して、過去の自分をなつかしんで、いい気になって才知をひけらかしていると、あたりが、腐ったようになる。

いつのまにか、若い人の仲間に入れてもらえなくなってくる。

『禅的老い方: 限りなくシンプルに、豊かに暮らすヒント (単行本)』三笠書房


「行雲流水(こううんりゅうすい)」という禅の言葉がある。

空を行く雲や、流れる水のように、物事に執着せず、自然の成り行きに任せて行動することだ。

修行僧のことを「雲水」というが、この行雲流水のように一カ所にとどまらず、師をたずね道を求めて各地をめぐることからきている。

「無作」とは、自然におもむくままのことであり、作為的な働きのないこと、無為とも言う。

大失敗だと悔(く)やんだことが、時間がたってみると、それがあったおかげで成功への道が開けた、などということはよくあることだ。

一時(いっとき)の損得や、勝ち負けは、長い目で見ると、たいした違いはない。

「露(つゆ)と落ち  露と消えにし  我が身かな  浪速(なにわ)のことは  夢のまた夢」

と、辞世の句を残したのは豊臣秀吉。

露のようにこの世に生まれ落ち、そしてはかなく消えてゆく。

大阪城で過ごした栄華の日々。

なにもかもが、まるで夢の中で夢を見ているように儚(はかな)いものだった。

夢の世を、行雲流水のごとき人生でありたい。


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