2015.9.20 |
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リンカーンと水戸黄門 |
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上智大学名誉教授、渡部昇一氏の心に響く言葉より…
リンカーンは本当に偉い人で、その死に対しては全国民が哀悼の情を捧げた。
だが、考えてみれば不幸な人であったともいえるのである。
子供のころは極端な貧乏で、着るものも靴さえもろくになかった。
人里離れたところに住み、ろくな教育も受けられなかったし、書物を買うこともできなかった。
ワシントンの伝記を借りるために、数里の先まで歩いて行ったという話もある。
それにお母さんも早くに死んでしまった。
しかし、リンカーンはそれほど苦しいところを通り抜けたけれども、ゆったりとした人物で、ユーモアのセンスがあった。
これはリンカーンには逆境に対する覚悟があったと見なければならない。
彼は大統領になったが、その内閣の閣僚たちの中には、リンカーンのいういことを聞かない人もたくさんいた。
スワードという人は、学問もあり家柄もあって、非常に名望のあった人だが、リンカーンには反対の立場を表明した。
陸軍長官のスタントンという男は傲慢無礼で、南北戦争中、戦場の報告が来てもリンカーンに隠して、自分で勝手に命令を下していた。
歴史的に見れば、大統領になるというのは順境に立ったように見えるが、実際はこのように逆境の中にいたのである。
それにもかかわらず、彼はそんな逆境にあることなど微塵も感じさせなかった。
会議が終わればおどけ話をするような懐の大きい人であった。
まさにリンカーンは、逆境をいかに克服するかという最高の手本のような人であると思う。
だから逆境にあって志のある人は、リンカーンの伝記を読むのがいいのではないだろうか。
また新渡戸博士は水戸黄門を例に挙げる。
水戸黄門が隠居してのんびり生活しているのを羨(うらや)んだ人があった。
そのとき水戸黄門はこういう歌を詠じたという。
「見ればただ 何の苦労もなき 水鳥の 足にひまなき 我が思ひかな」。
黄門は水戸藩を揺るがすような大金を使って『大日本史』を編さんしていたわけだから、呑気(のんき)なようでいながら、決してその心中は穏やかではなかったということだろう。
それはあたかも水鳥のごとく、水面に出ている部分は何も苦労のないように見えるが、水面下では必死に足を動かしているのである。
これらの例にも見られるように、順境に見えても実は楽ではないということがわれわれの人生には数えきれないほどあるということなのである。
『運命を高めて生きる―新渡戸稲造の名著『修養』に学ぶ』致知出版社
偉人の伝記を読むことは、子供だけでなく、大人にとっても必要だ。
偉人伝を読めば、勇気や、夢や、希望が持てるようになる。
東洋学の泰斗、安岡正篤氏が紹介した言葉に、「六中観」がある。
六中観とは、「死中有活(しちゅうかつあり)」「苦中有楽(くちゅうらくあり)」「忙中有閑(ぼうちゅうかんあり)」「意中有人(いちゅうひとあり)「腹中有書(ふくちゅうしょあり)」「壺中有天(こちゅうてんあり)」の六つの言葉。
その中の、「意中有人」とは、心の中に尊敬する師を持ち、誰かに推薦できる人があることであり、「腹中有書」とは、自分の哲学や座右の銘、愛読書を持っていることだ。
尊敬する師や愛読書を得るための最上の方法が偉人伝を読むこと。
偉人伝を今一度読み直したい。 |
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