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2014.8.11

103歳世界最速のおじいちゃんスプリンター


宮崎秀吉氏の心に響く言葉より…

私、宮崎秀吉は1910年(明治43年)9月22日に生まれて、2010年に100歳になりました。

昔はこの歳まで生きるということは大変なことだったものが、今の日本では100歳以上の老人は5万人を優に超えるということで、もはや100歳を超えて生きるということは珍しいことではなくなりました。

振りかえれば、戦中、戦後の時期を生きた多くの日本人がそうだったように、若い頃は生活することに必死で、仕事一筋でやってきた半生だったと思います。

だから、65歳で定年を迎えたときは、あっさりと仕事を辞めて年金生活に入り、残りの人生は好きな趣味に興じたりして自分なりに充実したものにしたいと考えておりました。

そこで、定年後は一つ何かで日本で一番になれるようなものを見つけて、自分の存在を世間に残しておきたいものだと思うようになったのです。

さりとて、そんなに簡単にそのようなことが実現するはずもなく、30年以上の月日が流れました。

そんなとき、ひょんなことから出会ったマスターズ陸上というものが、私の人生を変えてしまったのです。

最初にこの競技を知ったのは92歳のときでした。

20歳で結核を患って以降、運動などやってこなかった私ですが、初めからすんなりと競技に入り込むことができ、その後『走る』ということの面白さにのめり込んでいったのです。

競技を通じて、多くの友人ができたのも長く続けられた一つの要因かもしれません。

歳を取ってくると、独りきりになることが一番つらいことですから、友人と共に成績を競うということは、何歳になっても楽しく、人生を豊かなものにしてくれます。

そして8年目の100歳のときに、100メートル走で29秒83という100歳の部での世界記録を出したのです。

趣味の世界で日本一を取りたいという私の目標は、日本を飛び越えて世界で一番という余禄付きで達成できたのです。

そして、この日以降、私の人生は大きく変わりました。

多くのテレビや新聞からの取材を受け、大学からは研究対象に選ばれ、京都府からは毎年表彰を受けています。

そして最近、私は陸上競技の103歳の『最高齢スプリンター』として、ギネスワールドレコーズにも公認されたのです。

世間の年寄り衆に言いたいことは、別にマスターズ陸上でなくてもいいのだが、生きているうちにコレをやったというような『何か』を残そうと思い、そういった何かを見つけることが、人生を充実させ、それが長生きの秘訣となるということだと思います。

『103歳世界最速のおじいちゃんスプリンター』日本文芸社


宮崎秀吉氏の長生きの秘訣はいくつかある。

たとえば…

「目標と欲を持つ」

「ストレスを溜めない」

「80年続ける一行日記」

「毎日の食事と運動」

「家族の支え」

そして、こんな一文があった。

「長生きするということは、それだけ知り合いに先立たれるということが多くなり、次第に独りぽっちになっていくということでもあるが、これは仕方のないことだ。

だから、そうやって死んでゆく知り合いを見送るときには、『あとはこのわしが何でも背負い込んでやるから、お前さんは天国に行け』と心の中で語りかけ、『わしも最後は天国に行くからな』と言って送ることにしている」

いくつになってもあきらめてはいけない。

そして、いくつになってもはじめるのに遅すぎることはない。

夢と目標を持ち、イキイキと人生を過ごしたい。


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