2014.5.4 |
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与えるものは、与えられる |
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本田健氏の心に響く言葉より…
苦しみのスパイラルに落ち込んだときに有効なのが、自分のためではなく、誰か人のために祈ることです。
祈るというと、宗教的な香りがするかもしれませんが、どの神様を信じていても、神様などまったく信じていなくても大丈夫です。
アメリカの研究で、こんな実験がありました。
末期がん患者を無作為に選んで、AとBの2つのグループに分けます。
彼らから遠く離れたところに住む10人の健康な人に、Aグループの患者さん10名の名前を伝えて回復を祈ってもらいます。
Bグループの患者さんには、まったく何もしません。
その結果は、驚くべきものでした。
祈ってもらったAグループの患者さん(自分が祈ってもらっているとは知らない)は、あきらかに回復率が高かったのです。
祈っている人は相手が誰かも知らないし、祈ってもらっている人は何も聞かされていないにもかかわらず、です。
何回実験しても、またニューヨークの病院の患者さんでもロサンゼルスの病院の患者さんでも同じ、という結果になりました
祈りの効果には、距離も関係ないことがわかったのです。
現在の科学では、そのメカニズムはまったく解明されていませんが、その効果は科学的に証明できたわけです。
それほどまでに祈りには力があるのです。
私がおもしろいと思ったのは、祈るほうもたいして信心深い人ではなく、特別に気合いを入れて(?)祈ったわけでもないのに、効果があったという点です。
キリスト教や仏教の熱心な信者でなくても、自分の祈りの効果を信じていなくても、効いたというのですから驚きです。
自分のために祈っても無心の状態にはなれませんが、誰か自分よりも大変な人を思い浮かべて祈ってあげると、一生懸命になれます。
あなたよりも経済状態が悪かったり、病状がひどかったり、人間関係に苦しんでいたりする人のために、ぜひ祈ってあげてください。
すると、不思議なことに、心が安らかになってきます。
無心になって人の幸せを祈ると、自分にもそれが返ってくるからです。
愛は、差し出すことで、いくらでも自分の中から湧いてくるという不思議な性質を持っています。
でも、相手からその見返りが欲しいと思った途端、愛が返ってこないと感じてイライラしたり、落ち込んだりします。
欲しいと思うと手に入らないのに、他人にあげようと思った途端に手に入るとは、ユニークな仕組みです。
「与えるものは、与えられる」のです。
『読むだけで心がラクになる22の言葉』フォレスト出版
自分が他人に発する言葉は、自分が真っ先に聞き、自分が一番多く聞くという原理がある。
自分の口の一番近くにあるのが自分の耳だからだ。
そして、自分の発した言葉は、脳の原理として、たとえ他人に発した言葉であろうと、すべて自分に向けての言葉と認識するという。
つまり、他人をほめ、感謝すれば、それは全部自分に返ってくるということ。
祈りも、この言葉の原理と同じだ。
他人の不幸や失敗を願い、呪(のろ)えば、それは自分を呪っているのと同じこと。
自分への祈りは欲がからみ無心にはなれないが、人への祈りは無心になれる。
無心の祈りには強力なパワーがある。
「与えるものは、与えられる」
人の幸せを祈ることは、自分の幸せを祈るのと同じ。
ただひたすら無心に、人の幸せを祈りたい。 |
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