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2013.12.8

子供たちが正しく生きていくために

ノンフィクションライター、山野肆朗氏の心に響く言葉より…

3月11日の津波が去って一か月ほど経ったある日です。

30代半ばの女性が二人の男の子を連れ、思い詰めた表情で石巻本署にやってきました。

生活安全課勤務の本橋修巡査が応対しました。

椅子をすすめると、女性は途端に涙をこぼし、こう切り出したのです。

「私、実は被災したお店から水や食料を勝手に持ち出したんです」

女性は声を上げて泣き出し、つられて二人の男の子も大声で泣きます。

すぐに本橋巡査は状況を察しました。

自身、救援物資が入ってくるまでは食べるのものも飲むものもなく、目がくらむような辛さを味わっていたからです。

女性は言葉を続けます。

「食料も水も足りるようになって、悪いことをしたのにこのままではいけない、と悩むようになりました。

子供たちが正しく生きていくためにも責任を取らなければ、と考えて警察にきたのです」

女性の正直さは本橋巡査の胸を打ちました。

同時に、困惑で体が固まってしまいました。

「場合が場合です。

それは人として責められないでしょう」

その台詞(せりふ)が喉(のど)から半分出かかりました。

一市民として、そう言いたいのは山々です。

だがしかし、と押しとどめるものがありました。

警察官の制服を着ている自分が強く意識されたのです。

自分はなんのためにこの制服を着てここにいるのか…本橋巡査はあえて強い口調で言いました。

「自ら出頭してきたことはいいことですが、いかなる状況でも窃盗(せっとう)は犯罪です。

店舗が被災した上に商品まで盗まれた被災者のことを考えてみてください。

あなたのしたことが分かるはずです」

厳しく注意し、事件の詳細を聴取し、以降の措置(そち)は被害者と連絡がついてからになると告げ、親子を一旦帰しました。

署を出て行く親子の後ろ姿を見送ると、自分は出頭してきた女性の勇気に応えたのだ、真摯(しんし)に警察官の務めを果たすことができたのだ、という思いを噛(か)みしめました。

と同時に、引き裂かれるような辛さも膨らんできました。

しかし、いかなる場合でも一つの例外も残さないのが仕事の鉄則、すべて正しく法に則(のっと)った措置をするのが警察官です。

本橋巡査はそっと窓口を離れ、奥に行って窓に寄り添いました。

にわかに涙がこぼれ落ちて止めようがなくなりました。

“何が彼らをそうさせたか 3.11の警察官たち”

『月刊致知 2014年1月号』致知出版社


「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)」という言葉がある。

秋の厳しく冷たい霜(しも)と、夏のさすような強い日差しの意味から、刑罰や法律などが厳しく、少しのゆるみもなく行なわれるというたとえ。

検察官のバッジにもなっている。

法は法だが、そこには涙なくして語れない話が多くある。

『レ・ミゼラブル』という小説もその一つ。

姉の子供たちに食べさせために、盗んだたった一本のパンのために、19年間も監獄生活を送ることになったジャン、ヴァルジャン。

服役を終え、入った教会で銀の燭台を盗んで捕まってしまう。

しかし、司祭は、憲兵に「食器は私が与えたものだ」と告げる。

「子供たちが正しく生きていくためにも責任を取らなければ」という母親。

勇気ある母親の背中を見て子供は育つ。



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