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2013.11.26

人生、飾ってみてどうする

尾関宗園老師の心に響く言葉より…

ある母一人、子一人で、仕事をしながら子供を育てているお母さんが、次のような話をしてくれた。

「以前は、仕事が終わってどんなに疲れていても、家に帰ると子供に寂しい思いをさせていたのだからと気を使って、大きな声で『タダイマー』といい、一生懸命明るくふるまい、ニコニコ作り笑いを演じたものですが、それでは、子供と本当にぶつかり合い、理解し合うことができないと思い、今では疲れていたり嫌なことがあると、感情をそのままに表し、悲しんだり、泣いたり、また、嬉しいことがあると思いきり喜んだり、笑ったりするようになりました。

こうして親の恥(はずか)しさを見せることで、自分も楽になり、子供も、親というより、一人の人間としてつき合ってくれ、なんでも話し合えるようになりました」

これこそが新鮮な親子関係であり、そこから本当の支え合いができるのだと思うのだ。

本当は誰もが多くの弱みをもって生きているにもかかわらず、自分の弱みを隠したがるのは、やはり弱い人間だからだ。

だから、自分の弱さをそのままにさらけ出す人がいれば、その人は本当に強い人であり、スゴイ人といえよう。

当時、天龍寺という天下の大寺があり、夢想国師という天皇から国師号を賜ったほどの高僧がいた。

その国師が関山和尚から出された問答に対し、「おお、恐い」といって怖れるふりをして、屏風の後ろに隠れた。

関山和尚は、この様子を見て礼拝したという。

「恐い、恐い」といって逃げ隠れるなどということは、普通の人の目から見れば恥ずかしいことかも知れない。

だが国師は、恐いと思えば自由に恐がる。

自分の我を離れた自然な境地に立っていられることが、すばらしいのである。

恐がることは、カッコ悪いことではない。

恐い時には堂々と恐がる。

これが真に勇気ある人といえよう。

このような人が新鮮な生を生き切っている人である。

むしろ、人前でカッコつけたり、コワくないふりをして暗闇の中を歩いて行って、辻斬りに切り殺されたりする方が愚かだ。

経営者の方でも、資金繰りが苦しく、内情は火の車であるのに、表面を取り繕ってムリして儲かっているフリをしている人があるが、そのような生き方はしんどい。

苦しければ苦しい、しんどければしんどいと、そのままをさらけ出して生きていく方が気楽だ。

人生は、飾ってみてどうなる。

偉ぶってみてどうなる?

実体のないものに捉われて生きるより、ありのままの自分で生きよう。

素敵にカラッポ。

素敵にありのまま…これを素直という。

人間に大切なものは、この純なる素直さである。

『呑んでかかれ、死んでかかれ』日新報道


舞台や映画などで、役者が、いかにもわざとらしい台詞(せりふ)を言ったり、ぎこちなくて学芸会のようだったりするのを「クサイ芝居」という。

これは日常でも同じで、本心とは違い、カッコよくみせようと演技したりすると、それは「クサイ」とすぐに見抜かれる。

特に、子供は敏感だから演技していることなど、すぐにわかってしまう。

自分の本心や喜怒哀楽をさらけ出してもなお、人がついてきたり、信頼関係が壊れないようなら、それは、普段の人間関係がとてもほっこりとして、温かだからだ。

「人生、飾ってみてどうする。

偉ぶってみてどうする」

素敵にカラッポ、素敵にありのまま、という純なる素直さを身につけたい。



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