2013.8.15 |
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神々しい顔
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高倉健さんの心に響く言葉より…
高倉健さんにはマネージャーも付き人もいない。
だから、部屋には私たちと高倉さんしかいなかった。
部屋を流れるすがすがしい空気は、高倉さんが醸(かも)し出す空気そのものだった。
高倉さんはこう言った。
「俳優にとって大切なのは、造形と人生経験と本人の生き方。
生き方が出るんでしょうね。
テクニックではないですよ。
肉体は訓練すると、ある程度のところまでいきますよ。
僕でも調教されると筋肉がつくしね。
毎日良いトレーナーについて柔軟体操をやってれば、体もしっかりと柔らかくなる。
本読んで勉強すれば、ある程度の知恵もつくよね。
生き方っていうのは、そうはいかないのではないか。
芝居に一番出るのが、その人のふだんの生き方なんじゃないか。
偉そうなこと言うようですけど」
高倉さんは役を演じるとき、長いセリフや大仰(おおぎょう)な芝居よりも、たった一言のセリフやふとした仕草こそが雄弁に何かを伝えると考えている。
心に本物の気持ちがよぎれば、大げさな芝居にたよらずとも、自然と演技ににじみ出ると信じるからだ。
だから現場の高倉さんは、最高に気持ちが盛り上がるその瞬間にいかに到達するかに、すべてを賭けているように見えた。
「映画俳優って、一番大事なことは何かって言ったら、感受性だけなのかなっていう気がしますね。
自分の感性、感じられる心を大事にする、それしかないんじゃないのって。
それはやっぱり良い映画を見たり、非常にストレートですけど、自分が感じられる映画や、感じられる監督とか俳優さんを見つけて、その人たちのものを追っかける。
それから自国のものばかり見ないで、外国のものも意識的に見る。
それから、自分が感動できる小説を読む。
あとは絵やいろんな美術品を見る。
やっぱり年齢を重ねないとなかなかそれはできないけどね」
高倉さんから一人の先輩俳優の名前が、何度もあがった。
大滝秀治さんだ。
大滝さんは映画『あなたへ』で漁師の役を演じた。
大滝さんは、この映画が遺作となった。
「『スナップ写真に写った大滝さんの顔が、メイキャップも何もしていないのに、神々(こうごう)しい』って撮影した人が言ってたよ」
“顔は男の履歴書”とよく言われる。
「生き方が、芝居に出る」と語る高倉さんにとって、尊敬する先輩俳優が“神々しい顔”をしていたことは、いてもたってもいられなくなる出来事だった。
「負けたくないね!
負けたくない。
勝負しようとは思わないけど、なんとか追っかけたいと思いますよ。
まだ何年かは働けるもんね。
追っかけたいと思う。
縁があって俳優を選んだんだからね」
「生き方が芝居に出る」
あの日、5分の約束を大幅にこえて、1時間もの長い間カメラの前で語り続けてくれたのは、80歳を越えた高倉さんが、多くの後進の俳優たちはもちろん、厳しく自らを律する美意識を見失いつつある私たちに、この言葉の意味を伝えたかったからではないだろうか。
『プロフェッショナル仕事の流儀 運命を変えた33の言葉』“NHK「プロフェッショナル」制作班”NHK出版新書414
リンカーンは、「40過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言った。
人の生き方は、顔に出る。
しかし、それは、顔だけでなく、映画の演技にも、日々の仕事にも、日常の所作にも出るということ。
たとえ、表面を取りつくろって整形や化粧で美人になったとしても、下品さや、卑しさ、浅ましさはにじみ出てしまう。
自らを厳しく律して生き、そこを突き抜けた人は、「神々しい顔」になる。
年をとったとき、「神々しい顔」、と言われるような生き方をしたい。 |
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