2013.4.20 |
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忘れ去ること
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宇野千代さんの心に響く言葉より…
■私はいつの場合でも、自分に興味のあること、したいことを追い求めて忙しく生きてきた。
余りに忙しかったので、過ぎたことをくよくよしている暇はなかった。
思い出したくないことはつぎつぎ忘れさってしまった。
この忘れ去るという特技が、自分自身を救う一種の精神的治療法になったような気がしている。
■忘れるといことは新しく始めるということです。
心を空っぽにするから新しい経験を入れることが出来るのです。
いくつになっても人生は今日がはじまりである。
■人間らしい感覚を忘れ去るほどの忙しさ、このやりきれない忙しさが、私を救ってきたのだと思います。
一身上のことでくよくよする時間がない、ということです。
私にも、考えようと思えばくよくよする種はあります。
しかし、そんな悩みは忙しさのために、大風に吹きまくられた紙屑のように、眼にもとまらないのです。
■一歩踏み出せば凡(すべ)てが愉しい。
いつでも私は、そのときの生活に夢中になった。
そしてどうしても、どんなことがあっても、生きていたいと思った。
夢中で生きることが生きて行く目的であったからである。
「私は生きている」という発想から「私は生かされている」という発想に転換するとき、周囲をとりまく自然の不思議さ、ありがたさに気がつくのである。
■人間は過去に生きるのではない。
新しい明日に向って生きるのだ。
私は、悲しみから心をはなし次の行動に向って心を動かす。
こうするのだと思った瞬間に、さっと体はその通りに動く。
いや、動くのではない。
もう踏み出しているのであった。
『宇野千代 幸福の言葉』海竜社
毎日が忙しく忙しくてたまらないような時には、悩みはそれほどない。
無我夢中で取り組んでいるから、余計なことは考えないからだ。
多くの人は、ヒマになったときに悩みが出てくる。
忙しいときは、今やらなければならないことや、これからどうすればいいかを考えて行動するが、ヒマなときは過去のことにクヨクヨと悩む。
過去の嫌なことを事細かにすべて覚えていたら、人は耐え切れず、気がおかしくなってしまうかもしれない。
「人に傷つけられたこと」、「暴言」、「暴力」、「痛み」、「いじめ」、「裏切られたこと」、「失恋」、「親しい人の死」…
忘却は、天が与えてくれた最高のプレゼント。
忘れることができるから、明日も生きていける。
何かに没頭して忙しくすることは、過去の嫌なことにではなく、目の前のやらなければいけないことに焦点をあてるということ。
どんなことでもいい、まず一歩を踏み出し、何かにのめりこみたい。 |
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