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2013.3.14

躾(しつけ)と強制

伊與田覺氏の心に響く言葉より…

習慣というものは、何遍も、何遍も、鳥が羽ばたきを稽古するように重ねて行って、それが無意識に行なわれるようになったときに、「習慣化された」というのです。

この習慣のことを、日本では「躾(しつけ)」と呼びました。

この字は「漢字」ではありません。

「身」と「美」という二つの漢字を日本で合わせてつくった「国字」です。

習慣化することを日本では「躾ける」と言います。

裁縫(さいほう)のときに、折り曲げた布がもとに戻らないように仮縫いしておく糸を「しつけ糸」と呼びますが、それと同じでもとに返らないようにする…これが躾けです。

要するに「躾」とは、押しつけ、強制です。

現代のように、押しつけは子供の人権を無視することだとして、ほったらかしにしておくと、躾(習慣化)はできません。

かつて日本を訪れた西洋人は「日本人は、決して裕福な生活をしているわけではないが、礼儀作法が非常に立派な国である」と口を揃えて褒めました。

日本の戦後教育は「強制は、子供の人権を無視するものだ」として、先生方が、一歩も二歩も下がってしまいました。

皆さんはご存知でしょうか?

戦後の一時期、小学校では体操の時間に号令がかけられない時代があったのです。

「前へ進め」といったら命令になる。

「右向け、右」といったら強制だとされたのです。

「躾」には、やはり苦痛を伴います。

人間は日常的に苦よりも楽を選びますから、なかなか自律的に行なうことは難しい。

途中で挫折することが極めて多いのです。

そこで、外から教えてやることが大切になってきます。

つまり強制です。

その強制が一番効くのが素直な心を持った子供時代です。

成長し素直さがなくなってきたら強制などできません。

良い習慣というものは子供時代に強制しなければなかなか身につかないのです。

人間学には「小学」「大学」「中学」の三学があります。

その中でも、「小学」は、この良い習慣というものを非常に大切にしています。

「小学」の冒頭にはこの書を編んだ朱子が、本書の主旨を次のように記し、掃除・挨拶・作法の重要性を説いています。

すなわち、人を教えるのに、洒掃(さいそう・清掃)、応対、進退の大事なところ、そして親を愛し、目上の者を敬い、師を尊び、友に親しむ、そういう道を教えることが、自分の身を修め、家を斉え、国を治め、天下を平らかにするもととなる、と。

『いかにして人物となるか』致知出版


行き過ぎた体罰をともなったような躾(しつけ)は論外として、掃除や挨拶、応対などの作法を子供に躾けることは絶対に必要だ。

例えば…

ファミレスで、騒いだり、通路を走り回る子供。

クツをはいたまま、平気で電車の座席に立つ子供。

あるいは、飲食店で子供が食事をこぼしたり食器をちらかしても、平気でそのまま帰ってしまう親。

子供の躾ができていないのは、ほぼ全てが親の責任と言っていい。

学校でいくら躾されたとしても、家でそれが徹底されなければすぐに元に戻ってしまう。

昨今は、自由という言葉はもてはやされるが、強制という言葉は嫌われる。

しかし、躾は強制以外は身につかない。

子供によい習慣を身につけるための、押しつけや強制は必要だ。



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