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2013.2.9

遇も不遇も試練

稲盛和夫氏の心に響く言葉より…

人生を終えるときに、立派な人格者になった人もいれば、そうでない人もいます。

その違いは、人生を歩む中で、自らを磨き人格を高めることができたかどうか、ということにあると私は考えています。

このことは、次のように例えることができます…人間はこの世に生を受けたときは原石のようなものであり、後天的に磨き上げることではじめて、光り輝く宝石のような、素晴らしい人格者になることができる…。

では、どのようにして、自分を磨いていくのでしょうか。

私は「試練」を経験することが、人間を大きく成長させてくれるチャンスになると考えています。

実際、偉大なことを成し遂げた人で、試練に遭ったことがないという人はいません。

明治維新の功労者である西郷隆盛もそうです。

こどものころは「ウド」というあだ名の、目立たない子どもだったといいます。

ところが、後には勝海舟をはじめとする幕末の偉人たちを感嘆させたほどの人格者となり、明治維新の偉業を成し遂げています。

この西郷は、人生において様々な試練に遭遇しています。

例えば若いときには、親友であった僧月照(げっしょう)とともに、鹿児島の錦江湾(きんこうわん)に身を投げ、自分だけ蘇生(そせい)するという経験をしています。

親友を逝かせてしまった西郷の心痛はいかばかりであったでしょう。

また、遠島という不遇を二度も経験しています。

特に二度目は、島津久光の逆鱗に触れ、鹿児島から遠く離れた沖永良部島に流され、風雨が直接吹き込む狭い牢獄に閉じ込められるという悲惨な目に遭っています。

しかし、そのような逆境の中でも、西郷は東洋古典の耽読(たんどく)などを通じて、自分を高める努力を怠ることはありませんでした。

苦難に耐え、むしろ苦労を糧(かて)として、人格を磨く努力をひたむきに続けたのです。

その後、許されて島を出た西郷は、高潔な人格と識見を備えた人物として、人々の信望を集め、やがて明治維新の立役者となります。

苦難に直面したときに、打ち負かされて夢をあきらめてしまったり、いい加減なところで妥協してしまったりするのか、それとも西郷のように、苦労を苦労と思わず、ひたむきに努力を重ねることができるのか、ここに人間的に成長できるかどうか、その分岐点があるのです。

私は、その「試練」とは、一般的にいわれる苦難のことだけを指すのではないと考えています。

人間にとって、成功さえも試練なのです。

例えば、仕事で大成功を収め、地位や名声、財産を獲得したとします。

人はそれを見て、「なんと素晴らしい人生だろう」とうらやむことでしょう。

ところが実は、それさえも天が与えた厳しい「試練」なのです。

成功した結果、地位に驕(おご)り、名声に酔い、財に溺(おぼ)れ、努力を怠るようになっていくのか、それとも成功を糧に、さらに気高い目標を掲げ、謙虚に努力を重ねていくのかによって、その後の人生は、天と地ほどに変わってしまうのです。

つまり、天は成功という「試練」を人に与えることによって、その人を試しているのです。

『「成功」と「失敗」の法則』致知出版


巨額の宝くじが当たったがために不幸になった、ということはよく聞く話だ。

普段持ちなれない大金を持ったために、財に溺れてしまうからだ。

現役のときは超一流のスポーツ選手として活躍したのに、その同じ人が指導者や監督の立場になったとたん、問題を起こしたり、無能になったりすることは少なくない。

いくら身体能力が高く、そのスポーツで技能は優れていたとしても、人格や魂のレベルは別だからだ。

病気になったときや、事業がうまくいかなくなったときも同じで、その困難にたいしてどう立ち向かうかで、その人のその後の人生が決まってくる。

人やまわりのせいにしたり、愚痴や不平不満を言ったり、嘆き悲しんでいるだけでは、状況は悪化するばかりだ。

遇も不遇も試練…

いいときも悪いときも、我とわが身が試されている、と思い定めたい。



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