2013.1.25 |
|
“いいとこ”を見つけられる人
|
|
斎藤一人さんの心に響く言葉より…
みんな、いいかい。
東京にいるときは、「東京って、いいところですよ」っていうんだよ。
タクシーがたくさん走ってるから、手をあげればすぐタクシーに乗れる、とか。
東京にいながらにして全国の郷土料理、世界中の料理だって食べられる。
夜の夜中でも、フランス料理を食べられるんだよな。
今度、千葉へ行ったら、「千葉って、いいよね」って。
海もあって山もあって、いろんなアウトドアのレジャーを楽しめるし、リラックスできるし、こうで、こうでって、千葉の“いいとこ”をいうの。
新小岩に行けば、「新小岩、サイコー!!」なんだよ。
こんなふうに、その場、その場で“いいとこ”を見つけるの。
そしたら、“いいとこ”をほめる。
そうすると、地元の人も喜ぶし、そこの土地の神さまも喜ぶんだよ。
それから、少ないなかから“いいとこ”を見つけ出せる人間は、人のこない場末で商売をしてても、
「ここで何やったらいいだろう」
というのがわかる。
不況がきても、世間が、
「不況になって、ヤんなっちゃう」
ってマイッタしてても、自分はマイッタしないの。
「不況は不況で、必ず“いいとこ”があるんだ」って。
コインだって、必ず裏と表があるんだよ。
裏だけのコインとか、表だけのコインってないだろう(笑)。
不況だろうが、必ず“いいとこ”があるの。
それを見つけられるようになったら、
「不況だからこそ、こういう“いいとこ”できるじゃん」
ってなるんだよ。
どこに行こうが、今、自分がいるところを「素晴らしい」って、いえるんだよ。
『斎藤一人 自分さがしの旅』KKロングセラーズ
“いいとこ”を見つけるのが上手(じょうず)な人は、どんなに最悪だと思える状況の中でもそこに、“いいとこ”を見つけることができる。
これがヘタな人は、全然見つけることができない。
この上手かヘタかは、考え方の「習慣」または、「クセ」と言っていい。
神社では、神事において祝詞(のりと)が奏上(そうじょう)される。
この祝詞の起源は天岩戸(あまのいわと)の神話にまでさかのぼるという。
天照大神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸にお隠れになったとき、天照大神が出てくるよう、その美しさや偉大さをほめ称(たた)えた。
古来、日本では「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」と言われるように、言葉には霊力が宿るとされてきた。
だから、祝詞には人が嫌う言葉、すなわち忌(い)み言葉は使われず、感謝や祝福やほめ言葉が使われている。
人でも土地でも、けなしたり悪口を言う人は、最後はみんなを敵に回すことになる。
“いいとこ”を常に見て、どんな時でも、ほめ称えることができる人でありたい。 |
|
|