2012.5.12 |
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策略を巡らせる
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二宮清純氏の心に響く言葉より…
勝負は時の運…。
この言葉について、私はこんな風に考えている。
ゲームの中、「運」は戦いの場にいる両者の間を絶えず行き来する。
瞬間、瞬間ではどちらの側にも応分に存在するのだ。
連続の中にある一瞬、それを自らの手元に引き寄せる。
実力のみが後ろ髪がないと言われる「勝利の女神」の前髪をつかむことを可能にする。
アスリートやそれを統率する監督、コーチはそのためにあらゆる努力を重ね、策略を巡らすのである。
その結果が勝利というかたちで報われる。
実力と戦略で、勝利を自分の側に引き込むことができるか、否か…
勝者と敗者を分かつのは、まさにその一点のみである。
かつてボクシングでジュニア・ミドル級(現在のスーパー・ウエルター級)世界王座を6度にわたって
防衛し、その後も2度のタイトル奪還に成功した輪島功一に聞いた話がある。
セオリーにとらわれない発想によって編み出された「蛙とびパンチ」で世界を制した彼の逸話には、
面白いものが多い。
二度目の防衛戦にあたる、マット・ドノバン戦のことである。
戦前の予想で輪島有利とは言われながら、ドノバンとは30センチという決定的ともいえる
リーチ差があり、彼には苦戦が予想されていた。
しかし、逆にいえば、それさえ克服できれば勝利はみえてくる。
彼は文字どおり、夜も寝ずに策を巡らせた。
秘策を考え付いたのはタクシーの中であった。
知り合いのドライバーとでもすれ違ったのだろうか、運転手が窓の外を振り向いた。
無意識に、輪島も同時にそちらを見る。
その瞬間、彼はこれだ、と思った。
不意に相手に視線をずらされると、人間は条件反射的にそちらに気をとられるものだ。
それをタイトルマッチの本番で、輪島は実行に移した。
輪島がふと、あらぬ方に視線を移す。
するとドノバンもそれにつられるように、そちらを向いた。
輪島はそこを狙い、打ち込む。
作戦はまんまと成功し、彼は3ラウンドでKO勝ちを収めた。
「“あっち向いてホイ”作戦ですよ」
笑いながら輪島は言ったが、目だけは笑っていなかった。
『勝者の思考法』PHP新書
二宮清純氏によれば、別のタイトル戦でも、輪島は策略を巡らしたという。
前日の会見場で、輪島は大きなマスクをして現れ、いかにも調子が悪そうに、ゴボゴボと咳(せき)もしていた。
そして、試合中も、輪島は相手の軽いジャブにわざと大きく顔を歪めたが、足元は乱れなかった。
演技をしていたからだ。
そして、最終ラウンド、相手をマットに沈め、三たび王座に返り咲いたという。
多くの日本人は、「相手を欺(あざむ)く」、「策略を巡らす」、というのは潔(いさぎよ)くないとか、汚い、とか言う。
しかし、日本人相手の戦いなら、ある程度それも通じるかもしれないが、
相手が他の国々の人々だったらどうだろう。
これは、ビジネスの場でも同じことが言える。
海外の市場で、日本人が手もなくだまされた、というのはよく聞く話だ。
海外では、だまされた方が悪い、という理屈もある。
もちろん、相手によりけりだが、日本人はもっとしたたかさがあったほうがいい。
ビジネスでは、「負け」が倒産を意味することもあるからだ。
時には、策略を巡らせることも厭(いと)わないタフな精神力も必要だ。 |
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