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2012.4.29

悪しき平等主義と嫉妬心

渡部昇一氏の心に響く言葉より…

現代は、「一流の人」を目指すのが難しい時代であるように思う。
その理由の一つは、悪しき平等主義と嫉妬心の蔓延にあると私は考える。

戦後の日本の特色として、「平等主義」がある。
確かに、それ自体は悪いことではないが、その弊害のほうが近年、目立つように思うのである。

平等の持つ本来の意味は、基本的人権、もっとわかりやすく言えば、
神様や仏様の前では平等であるという意味の、根源的な意味の平等である。
だから、人間の能力や資質における平等というのでは絶対ないことは、子供でもわかるはずだ。

ところが、「根源的な人間としての平等」が、
現実の才能、能力においても平等であるべきがごとき錯覚のもとに学校教育が行われている傾向がある。

落ちこぼれをなくすというスローガンのもとに、できる子をできない子に合わせる。
百メートル競走でも、手をつないでみんなで一緒にゴールに入るようなことをやっている。

つまり、「高い方の能力に合わせて平等にする」ことは絶対にできないから、できる子供を、
できない子供のレベルに落としてしまうのだ。
学校における競争では一応の枠があるので、差がついたと言っても、その差は知れたものである。

しかし、人生という場においては、その差はとてつもなく大きくなる。
そして、いつの時代の人たちも「傑出した人物」と「凡庸な人物」の人生における能力差を認め、
素直に受け入れてきたのである。

つまり一流の人を素直に尊敬して、それに少しでもあやかろうという気があったように思う。
特に、潜在能力の優れた人間は、英雄や偉人の伝記や逸話によってインスピレーションを受けて、
志を立てるということがよくあった。

ところが、物心つく頃から、徹底した「平等主義」のもとに学校教育を受けて育つと、
一流を目指す気持ち、傑出した人物たらんとする気概が薄くなる、
あるいは受け入れられなくなるということが、多いように思うのである。

『「勝ちぐせ」人生を生きろ!』三笠書房


悪しき平等主義の弊害が叫ばれて久しい。
例えば教育の場で、学芸会で主役を複数の児童が交代して演じるとか、
学級委員長は他の生徒を差別するから置かないようにする、といった笑えない現実もあったという。

現実社会では、好むと好まざるとに関わらず、競争はあり、優勝劣敗はある。
人気がなくなった会社は、いずれ赤字になり、最後は倒産するしかない。

どんなに規制に守られていようと、いつかはその規制もはずされるときがくる。
なぜなら、何の業界であっても、いずれは海外との競争になるからだ。

テレビ、液晶、半導体、等々で、日本の絶対優位が崩れてしまった。
もしかしたら、近い将来次は、日本のお家芸である、車の競争力もなくなり、
アジアにそのポジションを明け渡さなければならない日がくるのかもしれないのだ。

「出る杭(くい)は打たれる」という平等主義を続けるなら、そういう厳しい現実に遭遇するしかない。
その元にあるのは、傑出した人物をうらやむという、嫉妬心だ。

我々は、今一度初心にかえり、嫉妬心を捨て、優れた人を称(たた)え、
敬するという文化を構築する必要がある。



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