2011.10.10 |
|
企画は身近なもの |
|
秋元康氏の心に響く言葉より…
僕が企画について講演会をしていたときの話です。
講演を聞いていたOLの方が、
「秋元さんは企画の話をしていますけど、私は社内でお茶汲みばかり。
企画のできる部署だったらいいですけど」と言ったんです。
しかし、僕はこうお話ししました。
例えば、そのOLさんが、部署内でお茶を出すとき、「この人は胃が弱い」
「この人は昨日徹夜で目が真っ赤」と、それぞれの対象に合わせて、
効くといわれているハーブティを出してあげたら、この人は企画力のあるお茶汲みになります。
これは、あらゆる営業職の人にも通じる話だと思います。
つまり、企画とは、自分の居場所をつくることです。
“この人がいないとダメなんだ”とまわりに認めてもらえる手段でもあるのです。
オーバーに言えば、“存在価値”かもしれません。
ですから、企画を考えるということは、実は誰にとっても身近なものなのです。
企画の入り口というものは気づくことから始まるのです。
10人の方がいれば、入り口が全部違うんです。
すべての人に企画の入り口は開かれている。
そこが面白いところなのです。
けれど、多くの人は企画を探しに外に行こうとします。
どこかでお祭りをやっているとしましょう。
「お祭りをやっているからネタがありそうだ」とみんなが思ってそのお祭りに集まるので、
結果的に同じような企画ができてしまうんですね。
ですから、食材ということで言えば、集めるものはどこにでもある豆腐だったり、
米だったり、味噌だったりするほうがなじみのある分、
それぞれの工夫次第で面白い料理になる可能性が高い。
そこで、アンディーブの葉っぱや、クスクスといった、
何か新しい食材をもってこようとしなくても、美味しいものはつくれるのです。
僕はこういった話は「幸せ」にも置き換えられることだと思います。
幸せに暮らせるかどうかは、日常の中に幸せだなと思えるネタを多く見つけられるか、
何も面白いことがないと思うかの差なんですね。
そう考えると、食材に気づく力というのは、決してクリエイターだけに必要なものではないのです。
日常の中に面白いことがたくさんあるんだということを、どれだけ発見できるか。
それによって、人生は大きく変わるものだと思います。
『秋元康の仕事学』NHK出版
気づく人と、気づかない人では、人生において大きな差が出る。
人は、進学とか、就職、結婚、離婚とか、大きな人生の岐路に目が奪われがちだが、
本当は毎日の日常にその運命の分かれ道はある。
挨拶の仕方ひとつ、笑顔の出し方ひとつ、言葉の使い方ひとつ、で人生は変わってしまう。
なぜなら、たった一言で「やる気がでたり」、「二度と顔を見たくない」となったりもするからだ。
日々の営みの中の些細な出来事に焦点をあてることこそが、クリエイティブな企画となる。
どんな新奇性のある料理であっても、世にある食材の組み合わせからできている。
あたりまえの日常の中から、面白いこと、楽しいことを発見でき、気付ける人でありたい。 |
|
|