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2011.10.5

自分が行きます!

桜林美佐氏の心に響く言葉より…

あえて言葉にしなくても、自衛隊と彼らを支える家族や企業に「誰かのために」という思いが息づいている。
自衛隊のことを全く知らなかった、縁がなかった方にも、
その活動の一部である災害派遣の真実について知っていただければ幸いです。
全ての自衛隊員と関係する人々に敬意を表し…


「自分が行きます!」
全ての隊員が口を揃えた。
福島第一原発に放水をするため、陸上自衛隊のヘリコプター「CH-47」が出動することになった時のことだ。
「任せろ、これくらい大したことないさ」
「今、無理しなくてどうする」
被爆覚悟の作戦にもかかわらず、そんな声があちこちから聞こえてくる。


目をつむると、目の当たりにした遺体の残像が浮かんでくる。
それは阪神・淡路大震災の時も同じだった。
当時、若かった隊員が、現在は曹長などリーダーになっており、その経験からか、
誰が命令したわけでもないのに、夜は5〜6人の作業部隊が車座になるのだという。
つらかった光景、ひどく悲しかったことなどを、黙々と作業し続けたその日の全てのことを声にして
吐き出し、そして泣く。
やがて、明日も任務を精一杯やろうと誓い合って、一日を終えるのである。


「日ごろ、いろいろと問題を起こすヤツもいますが、国難にあたってはすさまじい使命感でやってます。
彼らと同じ制服を来ていることを誇りに思います」
慌しくすれ違ったベテラン自衛官が、ふと立ち止まり、振り返って言った。
「そういえば、娘から初めて敬語でメールが来ましたよ」とちょっと恥ずかしそうに言った。
その内容は、
「日本に生まれ、自衛官の娘に生まれてよかったです。お父さんを誇りに思います」
とのことであった。


大震災後に津波に遭い、
24人の園児たちとともに護衛艦「たかなみ」に救出された宮城県石巻市の幼稚園教諭。

乗組員にも家族がいて、聞けば、連絡もとれていないのだという。
震災が発生した直後、休暇をとっていた者も皆、自分の艦に急行し、取るものも取りあえず
出港したため、実際、彼らは家族の安否も確認できていなかった。
それなのに、そんな事情は一切、口に出さず、あの恐ろしい海の中で助けてくれた。
子どもたちが不安にならないように、ずっと励ましてくれた。

年の頃も若い自衛官ばかり、年下なのかもしれないが、どれだけ心強かったか分からない。
あらゆる思いが去来するが、こうして生きていて、一緒に、誰かのためにおにぎりを握っている
自分が、無性に幸せだと感じた。

「先生、どうして朝から『おはよう』とか『こんにちは』じゃなくて、『ありがとう』ばかり言っているの?」
園児があどけない顔で言う。
「だって…『ありがとう』しか出てこないよ」


無理だと誰もが思っても、むなしい時間だと知っていても、人々は毎日、
同じ場所に来て行方不明の家族を探す。
その側で懸命に活動する自衛官の姿が、どんなに支えになっているだろうか。

「俺、自衛隊に入る」
ポツリと小学生が言った。

なぜ?と聞くと、次のようなことだった。
津波にのまれた父親が帰ってくるのではないかと毎日、ずっと海を見つめていたところ、
若い自衛官に声を掛けられた。
そこに佇(たたず)む理由を話すと、その自衛官は何も言わずに肩に手を置いて、
しばらくの間、一緒に海を見てくれたのだという。

震災の悲しみを乗り越えたとき、彼らの姿はもう被災地にはないかもしれない。
しかし、強く優しい戦士たちの物語は日本人の心に刻まれるだろう。


3歳の男の子の遺体を発見したときのことだ。
母親が探していたのを知っていたので、連絡して確認してもらうことにした。

変わり果てた姿だったが、母親は服装でわが子と分かったようだった。
どうしても最後に抱っこをしたいという。

「収納袋のままでした。
お母さんはその子を抱きしめると『よかったね。自衛隊さんたちが助けてくれたよ。
お前も今度生まれ変わって、大きくなったら自衛隊に入れてもらおうね』と泣いていました」
隊員たちは手を合わせ線香をたいて見送った。

『日本に自衛隊がいてよかった』産経新聞出版


「なぜ、自衛隊がこんなにも長期間、感情を抑えながら活動を続けられるのかというと、
日ごろ、もっと厳しい訓練をしているからです。
他国の侵攻など、最悪の事態に備えているからこそ乗り越えられるのです」
という、幹部自衛官。

防衛大学の生みの親である吉田茂元総理が、防衛大の第一期の卒業生に贈った言葉の一節。

「君たちは自衛隊在職中決して国民から感謝されたり歓迎されることなく
自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。

ご苦労なことだと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて
国家存亡のときとか、災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が混乱に直面しているときなのだ。
言葉をかえれば、君たちが『日陰者』であるときの方が、国民や日本は幸せなのだ。

耐えてもらいたい。
一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張ってもらいたい。
自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。
しっかり頼むよ。」

大災害の時には、泥だらけになって愚痴も言わずに働き、有事に際しては、
死をも覚悟して戦う覚悟を決めている人たち。
我々は、もっと自衛隊に対して大いなる敬意と、感謝の気持があったほうがいい。

たとえしんどいことであっても、誰かのためになるなら、
「自分が行きます!」とまっさきに手を上げる人でありたい。



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