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2011.10.4

奴隷から総理大臣になった男

小島直記氏の心に響く言葉より…

高橋是清の人生は転職ばかりです。
彼は絵描きが女中に産ませた私生児です。

16のお母さんが絵描きに生まされた子供ですが、お菓子屋に養子にやられて、
商人になるべきところが、足軽にもらわれて、高橋という姓をもった人間になるわけです。
足軽の倅ですが、出来るので、横浜に勉強に行きました。

そして、アメリカ留学のチャンスがありますが、間に立ったアメリカ人が悪いヤツで、
奴隷の契約をしていたので、向こうでは奴隷として扱われました。
彼はその身分をなんとかして逃れて日本に帰ってきて、英語ができたので、
まだ15、6で東大の助手になりました。

ところが、芸者を連れて芝居を見ているところを東大の外人教師に見られます。
これはいけないと思って、自分から辞表を出して芸者の居候になって、芸者の俥を引きました。

そういうところから総理大臣までいくんですから、太閤秀吉のような人生だと言わざるをえないわけです。

高橋是清は農商務省の特許局長になりました。
南米にペルーという国がありますが、「そこに有望な銀山がある。
90何%かの優良な銀だという分析も出ている。
それを日本でやらないか」
という話が持ち込まれました。

出資者を是清の上司が募り、部下の高橋にペルーの責任者として白羽の矢を立てました。
高橋は、それを断り、逃げに逃げましたが、とうとう現地に行かされてしまいます。

しかし、ペルー銀山はすべてを掘り尽くした廃鉱だったんです。
出資者はもちろんゼロになるわけです。
ところが、世間は冷たいもので、ペルー銀山がインチキだったということになりますと、
高橋是清までインチキだったというふうに見られて、帰ってくると、役所を辞めなければならなくなりました。

命令されて行っただけで、責任はないのですが、
「調べもしないで引き受けた自分の軽率さは、出資者に対して申し訳ない」と詫びて、
局長時代に住んでいた家を売って、それを返済の一部にあてて、同じ町内の長屋に移ります。

そうすると、そういう人間に対しては、インチキだと見る世間と反対に、
どこからともなく手を差し延べる人が出来てきます。
それが、日銀の歴代総裁の中で、いちばん威張ったとされる川田小一郎という人です。

「君がどういう立場にあるのかよくわかった。
ことに自分の財産を投げ出そうとしたその行為はまことに立派である。
おれは今から君を就職させるがいいか」
「はい、どうぞ」

「山陽鉄道の社長はどうか」
今日で言えば、日本たばこ会社とか、三井物産のような当時のビッグビジネスです。

ところが、このときの高橋是清の答えが立派です。
「それはたいへんありがたい。
しかし、自分はこうやって役人を辞めて、一から出直したいと思っている。
それがいきなり山陽鉄道の社長になるということをやっては申し訳ない。
イロハから出発したい」

「そうか」と川田は考えまして、ちょうど日銀の旧館の建築にかかっていたので、
「その建築の現場で働くか」と言うと、「はい」と言って、現場主任にしてもらいました。

川田はじっと見ていて、数年働いて、馬関(のちの下関)の支店長にする、
それから副総裁にするというふうにポンポン、ポンポン上げていったのが、
高橋是清が日本の財政担当者となる原因です。

逆境を越えるという生き方の中には、貧乏くじをあえて引くという生き方もあります。

もちろん、高橋是清は、ここで現場主任になっていれば、やがて川田さんが引き立ててくれるで
あろう、という算盤をはじいたわけではありません。
本当に現場主任から実業界のイロハをやり直そうとしたんです。

彼は奴隷になったこともあるし、検番の車曳になったこともありますから、
身を落とすことをなんとも思っていない。

『伝記に学ぶ 人間学』竹井出版


高橋是清は、6度、大蔵大臣を務め、総理大臣まで上りつめた男だ。
どうしてもと、請われて、最後の大蔵大臣に就任したときは、なんと80歳だった。
82歳で、2.26事件の凶弾に倒れるまで、まさに波乱万丈の人生だった。

「逆境を乗り越えるには、あえて貧乏くじを引くという生き方もある」(小島直記)

誰もが引きたくない貧乏くじを、自ら進んで引く人は、いつか運命の女神がほほ笑む。
自分が損をする生き方を選択すれば、対立やトラブルは少なくなり、
よい人の縁や、運が集まってくるからだ。

身を落とす覚悟ができている人は強い。
己の欲を捨て、「あえて貧乏くじを引く」、という生き方も試してみる価値がある。



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