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2011.9.26

よく耐えてこられましたね

出久根達郎氏の心に響く言葉より…

美智子妃が、小学4年生の頃、学童疎開が行われた。
その頃は教科書以外に、ほとんど読むべき本が無かった。
父上が東京から持ってきてくれる数少ない本を、惜しみ惜しみ読まれた。
なかでも児童書の、日本神話伝説物語を、最も面白く読まれた。

小学生の皇后が、深く感動したのは、倭建御子(やまとたけるのみこ)とその后(きさき)、
弟橘比売命(ことたちばなひめのみこと)の哀切なエピソードだった。

父天皇の命で遠征した倭建は、途中、海が荒れ、乗った船が難儀する。
弟橘は海神の怒りを鎮めるため、入水(じゅすい)する。
その時、后は美しい別れの歌を歌った。

「さねさし相武(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも」

敵の謀計にあって枯野に火を放たれ、逃げまどったことがありました。
燃える中にあって私の安否を気づかってくださった君の心は、決して忘れません。

美智子皇后は、この物語を、こう受けとめられた。
「何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ」たのである。
「それは愛というものが、時として過酷な形をとるものなのかも知れないという(略)愛と犠牲の
不可分性への、恐れであり、畏怖であったように思います」

また、のちのちまで気にかかったのは、新美南吉(にいみなんきち)の『でんでんむしのかなしみ』だった。

一匹のでんでん虫が、ある日、自分の背中の殻に、悲しみが詰まっていることに気づく。
自分はとても生きていられぬ、と友人のでんでん虫に訴える。
友人は、あなたばかりじゃない、私の背中の殻にも満ちている、と言う。
別の友だちに聞いても同じ、別の友に尋ねても答えは変わらぬ。
そこで初めて気がつくのである。
悲しみは誰もが持っているのだ、自分だけはない、私はこの悲しみをこらえていかねばならない。
でんでん虫は、嘆くのをやめた。

皇后は、語る。
読書は自分に悲しみや喜びについて、思いめぐらす機会を与えてくれた。
「本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、
どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした」

「本の中で人生の悲しみを知ることは、自分の人生に幾ばくかの厚みを加え、
他者への思いを深めますが、本の中で、
過去現在の作家の創作の源となった喜びに触れることは読む者に生きる喜びを与え、
失意の時に生きようとする希望を取り戻させ、再び飛翔する翼をととのえさせます」

「東日本大震災」の被災地を見舞われた皇后は、避難所のお年寄りの手を取られて、
「よく耐えてこられましたね」と労(ねぎら)われた。

『日本人の美風』新潮新書


安岡正篤師は「酔古堂剣掃」の中にこう書いている。

『愛という字は「かなし」と読む。
本当の愛は必ず悲しみを持つ。
深い哲学になるかも知れないが、母のことを悲母と言い、大慈大悲の観世音菩薩と言う。
人間はこの愛しみの心を持たないといけない』

観世音菩薩は、慈母観音とも呼ばれ、大慈大悲という、大きな慈悲を与えたもうという。
慈悲とは、いつくしみ、あわれむことであり、なさけでもある。
そこには、人の痛みや悲しみを我がこととして受け止める、大いなる愛がある。

まさに、美智子皇后こそ、大慈大悲の観世音菩薩ではないだろうか。

人の悲しみや苦しみを深く感じとれる慈悲の人でありたい。



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