2011.9.15 |
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他社が真似するような商品をつくれ |
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轡田隆史氏の心に響く言葉より…
シャープペンシルは日本の発明品の一つだ。
考案したのは当時20歳をすぎたばかりのかんざし職人だった早川徳次である。
幼いころからかざり師のもとで働いていた早川には、発明家としての才覚があった。
ある日、早川は「繰り出し鉛筆」と呼ばれるものを手にする。
芯を押し出して使うセルロイド製の筆記具で、実用には耐えない玩具の一種だった。
しかし、彼はこれに独自のアイデアを加え、世界初のシャープペンシルを誕生させるのである。
早川は売り出しに奔走する。
結果はさんざんだった。
彼は絶望し、自ら開発した新商品に見切りをつけた。
ところが、ほどなくしてある貿易会社から注文が舞い込み、シャープペンシルは海外に輸出されることになる。
海外では一大ヒット商品となり、
その評判によって以前は彼を冷たくあしらった国内の問屋からも注文が殺到した。
早川は喜んだが、同時に日本人の特質というものも思い知らされた。
オリジナリティーを持った新商品には非常に冷たく、舶来品や外国で評判の高い商品にはすぐに飛びつく。
ところが、この成功を彼は一瞬で失う。
なによりも大切な家族をも失ってしまう。
関東大震災である。
工場は壊滅、妻も子どもも亡くし、追い打ちをかけるように取引先から借金の返済を迫られる。
彼はシャープペンシルの特許まで手放さざるを得なくなった。
これにより、各社がシャープペンシルのコピー商品を続々と発売する。
発明によって身を立てた者にとって、再起の気力さえくじかれるような打撃だ。
しかし、シャープ株式会社の創業はここから始まった。
単身大阪に渡った早川は、小さな借家を拠点に再出発をはかる。
そして世界初の電卓など、次々と画期的な新製品を発表していくことになるのだ。
彼は、発明が黙殺された挫折と、すべてを失った絶望から、発明の儚(はかな)さを知った。
素晴らしい発明をしても、人が認めなければ商品にはならない。
認められれば、今度は他の会社がこぞってコピーし、追い打ちをかけてくる。
後年、彼は次のように語っている。
「私は会社の研究部には『他社が真似するような商品をつくれ』と言う。
いつも他社が真似てくれるような商品を出すように心がけていれば、企業は安定して成長していく。
真似が競争を生み、技術を上げ、社会の発展になっていく。
元祖だからといってじっと構えておられない」
『「逆に考える」人が成功する』成美文庫
特許にはできないような、新しいシステムや、やり方、新製品などは、ヒットすると、すぐに誰かに真似される。
しかし、特許に守られれば守られたで、安心してしまって開発を怠り、結果として衰退してしまう会社もある。
守りに入れば、開発のパワーが失われ、全てが後ろ向きとなるからだ。
斉藤一人さんは、
「自分が知っている事は惜しげもなく人に教えてあげるんだよ。
もったいぶって教えないような貧乏臭いことはしちゃダメだよ」
という。
知識や知恵は抱え込んだら、古くなって鮮度がなくなるが、
人に教えれば、新しい情報やノウハウが入ってくる。
「他社が真似するような商品をつくれ」
人に惜しげもなく教えることは、新しい知恵やアイデアが入ってくる最良の方法。 |
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