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2011.9.13

悠々として急げ

野地秩嘉(つねよし)氏の心に響く言葉より…

俳優の高倉健は、初めて佐藤さんに刈ってもらった日のことをよく覚えている。

「その頃、いろいろな床屋さんに行ってました。
米倉も行ったし、ジャイアンツの長嶋監督が紹介してくれた床屋にも行った。
でも、一度、サッさんに刈ってもらってからはもうよそへは行けないよ。
どこが違うのかって?
それゃ試してみなきゃ。
君もサッさんにやってもらったら。
すぐにわかる。
安心して、ぐっすりと眠れるんだ。
刃物を持った人がそばにいるのに、ぐっすり眠ってしまうなんて不思議だね。
サッさんの場合は、刈り方がうまいとか何とかじゃないんだ。
佐藤英明という人物と時間を過ごしているのが贅沢なんだ。
なんと言えばいいか…。
つまり、気だと思う。
彼からは、気をいただくことができる」

佐藤さんは鋏(はさみ)の先端を大きく開いて、ばっさり、ばっさり切っていく。
鋏を大きくゆっくりと動かしていく。
それに対して他の人は鋏を少し広げて、しゃきしゃき切っていく感じだ。
鋏を動かす回数が多いから神経質な動きに思えてしまう。

そのことがわかった時、私はふいに他のサービスの達人たちのことを思い浮かべた。
達人たちの仕事の特徴とはすべて、「大きくゆっくりと動くこと」なのだ。

靴磨きの達人はせかせかと布を動かさない。
ゆっくりなでるように革靴を磨いていく。

天ぷらの達人は煮えた油のなかに天タネを落としたら、箸でつついたりしない。
天ぷらが揚がるまで、ただ見つめているだけだ。

日本一のロールスロイスのセールスマンもやたらと電話をかけるわけでもないし、
靴のかかとがすり減るまで町を歩くわけではない。

サービスの達人たちは、神経質な動きを客に伝えることはしないのであり、
それが客をリラックスさせるということに結びつく。

『サービスの天才たち』新潮社


高倉健さんは、一週間に1回、いや毎日よる週もあるという。
健さんは、高輪のホテルパシフィック東京にある、「バーバーショップ佐藤」に専用の個室を
もっていて、髪を切りにではなく、リラックスしに行くという。

佐藤さんの贔屓の客は、高倉健だけでなく、有名な政治家、実業家、
そしてかつての三島由紀夫もそうだったという。

ゆったりとした動きはサービス業には不可欠だ。
せかせかと動き回る人をみると、人はリラックスできない。

かつて、作家の開高健は、「悠々として急げ」と言った。
ゴルフでは、悠々とフェアウエーを歩くことが必要だ。
しかしプレーが緩慢で遅くては、後続の人たちに迷惑をかけてしまう。

悠々と、しかも素早く、フェアウエーを歩くには、技量や知識の習得が不可欠で、
つまりゴルフが上手くなくてはならない。
知らずに体が動くくらいに練習を重ねたとき、プレイに余裕が生まれる。

達人は、ゆったりとしていながら、仕事は速い。
人生も、「悠々として急げ」の気持でのぞみたい。



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