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2011.9.1

本質的に美しい人

岡本太郎氏の心に響く言葉より…

「あら、いいわね」
「しゃれてるじゃない」
「まことに結構なお作品」

なんて言われたら、がっかりだ。
こちらは自分の生きているアカシをつき出している。
人間の、本当に燃えている生命が、物として、対象になって目の前にあらわれてくれば、
それは決して単にほほ笑ましいものではない。
心地よく、いい感じであるはずはない。

むしろ、いやな感じ。
いやったらしく、ぐんと迫ってくるものなのだ。
そうでなくてはならないとぼくは思っている。

ぼくは『今日の芸術』という著書の中で、芸術の三原則として、次の三つの条件をあげた。
芸術はきれいであってはいけない。
うまくあってはいけない。
心地よくあってはいけない。

それが根本原則だ、と。

はじめて聞いた人は、なんだまるで反対ではないか、と呆れるかもしれない。
しかし、まことに正しいのだ。

ただ一言、「美しい」ということと「きれい」というのはまったく違うものであることだけをお話しておきたい。
とにかく、美しいというのは、おていさいのいい、気持のいい、俗にいうシャレてるとかカッコヨイ、
そういうものだと思っている人が多い。
しかし美しいというのはもっと無条件で、絶対的なものである。
見て楽しいとか、体裁がいいというようなことはむしろ全然無視して、
ひたすら生命がひらき高揚したときに、美しいという感動がおこるのだ。

それはだから場合によっては、一見ほとんど醜い相を呈することさえある。
無意味だったり、恐ろしい、またゾッとするようなセンセーションであったりする。
しかしそれでも美しいのである。

本当の美人というのはその人の人間像全体がそのままの姿において充実し、
確乎とした生命感をあらわしている姿だと思う。
皺(しわ)クチャのお婆さんだって、美しくありうる。

鼻がペチャンコだろうが、ヤブニラミだろうが、その人の精神力、生活への姿勢が、
造作などの悪条件も克服し、逆にそれを美に高める。
美人というのは本質的には女性の数だけあるとぼくは思っている。
もちろん男性においてもだ。

『自分の中に毒を持て』青春文庫


事業においても、格好のいい仕事はあまり儲からないものが多い。
むしろ、人が見向きもしないような、格好の悪い、汚い、
社会的地位の低いと思われている仕事の方が利益は出るし長続きする。

また、同じ業界の中においても、見てくれよく、格好よくやろうとすればするほど、
その事業は失敗する確率は高い。
飲食店なども、外装や内装のデザインがスタイリッシュで、お金もかかっていて、
専門誌の表紙を飾るようなお店は、何年ももたないことが多い。

芸術においての「美しさ」は、表面的なものではなく、もっと本質的で、絶対的なものだという。
これは、事業経営における、優れた会社と同義語であり、魅力ある人とも同じだ。

本質的に「美しいもの」、「魅力あるもの」には、「素・朴・愚・拙」がある。
素(そ)は、飾らない美しさ。
朴(ぼく)は、朴訥(ぼくとつ)とした素朴さ。
愚(ぐ)は、理屈ではなく馬鹿になれる子供っぽさ。
拙(せつ)は、ヘタクソの魅力だ。

表面的なきれいさを追い求めるのではなく、本質的な魅力がにじみでる「美しい人」でありたい。



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