2011.8.19 |
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「おしい人」を卒業する |
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斎藤一人さんの心に響く言葉より…
ふつうなことしている人を見て、あの人は素敵だなって、キミは思うかい?
ふつうなことしてたら、ふつうの人だってみんな思うんだよ。
人から素敵と思われるには、“素敵な行い”というのがいる。
だけど、素敵な行いって、ホントにちょっとしたこと。
たとえば、車が“お先にどうぞ”とやってくれたら、ちょっと会釈して渡るとか。
車同士で道をゆずりあうときだって、ありがとうのかわりにクラクション鳴らしたり、
ちょっと片手を上げたりしたら、素敵だと思わないか。
道路を渡るとき、車が止まって、運転してた人の手が、
犬やなんかをシッシッて追い払うみたいな感じの運転手もいるけど、そのシッシッていう手、「おしい」ね。
向きを変えて、「どうぞ」ってやれば素敵なのにね。
道をゆずってもらって、会釈しないでそのまま渡るのだって「おしい」よ。
だって、会釈ってさ、誰だってできるじゃん。
だけど、意外とやる人少ないから、それをやればすぐ素敵な人になっちゃう。
だから、素敵か、素敵じゃないかって、ホントにちっちゃいこと。
ちっちゃい素敵を1個1個積んでいけば、どんどん、さらに素敵になるんだ。
ふだん口元をちょっと上げて、ほほ笑んでるような顔にしてごらん。
そしたら、もっと素敵だよ。
そうやって、普段はほほ笑んでて、人と会ったら歯をみせてニコッと笑う。
そしたら、なんて素敵な人なんだろう、ってまた会いたい、と思ってくれるよ。
またあなたに会いたい…人にそう言ってもらえるの、ホントしあわせだよ。
素敵な人生とは、愛される人生。
「また会いたい」と言われるのは、愛されているからだよ。
『斎藤一人 神的な生き方』(みっちゃん先生)PHP研究所
人に親切にされたら、会釈したり、感謝や、ねぎらいの言葉をいうといった、
ちょっとしたことをやらない「おしい」人は多い。
この程度のことで、そんなリアクションは、恥ずかしいとか、大げさだと思ってしまうようだ。
レストランや食堂で、食事をした後、「おいしかったよ」「ごちそうさま」「ありがとうね」と言って帰れば、
お店の人も気持ちがいい。
店の人も、そういう人なら、「また来て欲しい」、「また会いたい」、と思うだろう。
「人から素敵と思われるには、“素敵な行い”というのがいる」
会釈も、お礼も、笑顔も、ちっちゃい素敵。
「おしい人」を卒業し、ちいさな素敵を積み重ね「また会いたい」と思われる人でありたい。 |
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