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2011.8.3

あきらめなければ道は開ける

ビル・ポーター氏の心に響く話より…

ビルは1932年に先天性脳性まひの子として生まれ、手足が多少不自由で、言葉をうまく話せなかった。
ビルが生まれるとセールスマンだった父親は仕事を辞めて障害児施設で働き始める。
税理士の母親もまた、ビルを懸命に訓練して、夫妻は我が子の障害と正面から向き合った。
養護学校を卒業したビルは、普通の高校に進学した。

障害児が一般の高校に進学するのは簡単ではなかったが、
各方面に働きかけた両親の努力が実ったのである。

この頃のビルは「あきらめなければ道は開ける」と書かれたメモをいつもポケットに入れていた。
障害を言い訳にしてくじけることがないように、両親が持たせたものだ。

高校を卒業したビルは庭師の仕事に就いたが、芝刈りなどの作業ができないために収入はわずかだった。
そこで障害者に家庭用品を売るセールスの仕事に変わった。
ビルは才能を発揮して支部の営業トップになる。
しかし、だんだん売れなくなって成績は落ち込む。

結局セールスの仕事は諦め、レジ係りや倉庫係など様々な仕事に就いたものの、
ミスが多く片っぱしからクビになってしまう。
やはり、自分にはセールスの仕事が向いていると思ったビルは、意を決して訪問販売会社の門を叩き、
「最低の営業エリアでの試験採用」という形で雇われる。

そこはスラム街同然の治安の悪い地区で、昼間はほとんどの人が働きに出ていて留守だった。
それでも彼はひたすら歩き、人の出入りを粘り強く待ち続けて商談にこぎつける。

しかし、彼の話を聞いてくれる人はいなかった。
「帰れ」「何もいらない」「二度と来るな」… どれだけ罵声を浴びても、ビルは毎日100軒の家を訪問し続けた。
不自由な足で1日に歩く距離は15kmに及んだ。

大雨が降ろうが灼熱の炎天下だろうが、ビルは歩き続ける。
「次の家ではイエスと言ってもらえる」という呪文をつぶやきながら。

そんな努力は少しずつ実を結び、商品が売れるようになった。
彼は記憶力も抜群で、どの客がいつ何を買ってくれるかが、すべて頭の中に入っていたのである。
ただ物を売るだけでなく、客の家庭に何かトラブルがあれば、親身になってできる限りの手助けもした。

いつしか彼は地区成績トップのセールスマンになっていた。
どんな時でも彼は休まない。
14年間で休んだのは2日だけだ。

道で転倒して血まみれになったビルを顧客が車で病院に運んでくれた。
7針縫って治療が終わり、彼の家まで送ろうという客に対して
「ありがとう。でも私には仕事が残っています。受け持ちの地区に送ってもらえますか」
と懇願してセールスを続けたという。

「雨の日は大好きですね。家に人がいることが多いから。絶好のセールス日和なんです」とビルは言う。
靴紐を自分で結べないビルには、雨の日は身支度は大変なはずだが、彼は常に前向きだ。

「私には障害などひとつもないのです」とは、本心からの言葉だろう。

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健常者が二つの文字、たとえば「リンゴ」と「森」という言葉を覚えるのは簡単だ。
しかし、100から始めて、99、98、97、と数えながら、二つの文字を覚えることができる人は少ない。
障害を抱えている人たちが、何かを覚えるのはそれくらい大変なことなのだ、という話を聞いたことがある。

我々は、大きなトラブルや、問題が続くと、何もかも投げ出したくなることがある。
しかし、それも障害を抱えている人たちからしたら、まだ幸せなことなのかもしれない。

病気や事故にあってみて、初めてわかることは多くある。
普段の、当たり前の生活がいかに恵まれていたかを。

人の辛さや痛みを知ることは、自分の至らなさを知ること。
ときに、自分を厳しく見つめなおし、己の「甘さ」を自覚したい。



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