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2011.6.30

喜怒哀楽の四者を出でず

伊藤肇氏の心に響く言葉より…

「人間を変える学問」とは何か。それは「心性(しんせい)の学」であり、「人間学」である。
「知行合一」の陽明学を樹立した王陽明〈中国明代の思想家〉が弟子の王純甫に与えた手紙は、
この「心性の学」「人間学」を明確に規定している。

「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずるゆえんは、喜怒哀楽の四者を出でず」

『人生は千変万化、いろいろさまざまであるが、自分がこれらの問題をテキパキと処理できる理由は
「人生のいかなる変化も、つきつめれば、喜怒哀楽の四つを出ないこと」を知っているからだ。
よく考えてみれば、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむか、ということが人生のすべてである』


世の中には、道徳というと「一切、喜怒哀楽を表面に出さない、感情などには動かされないことだ」
などと頑(かたく)なに信じ込んでいる向きがあるが、これはとんでもない誤解である。

人生とは、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむかということ…
つまり「いかに生きるか」ということに「正しい自律」をたてること、「原理原則」をもつことである。

そして、この「正しい自律」や「原理原則」これが「心性の学」であり「人間学」である。

『人間学』PHP文庫


喜や、哀や楽は、表に出すことはなんら躊躇(ちゅうちょ)はないが、
「怒」を出すこともいい、と陽明学では言っている。
「怒」とは、「憤(ふん)」のことだ。

言志四録ではそれを…

「憤の一字は、是れ進学の機関なり」
発憤することが、勉学を進めるエネルギーとなる。

また、論語では…

「憤(いきどお)りを発して食を忘れ、楽しんでは以て憂(うれ)いを忘れ、
老いの将(まさ)に至らんとするを知らざるのみ」

楚(そ)の国の葉公が、「孔子という人は、いったいどういう人物か」と弟子の子路に訪ねたが、
子路は答えられなかった。
それを聞いて孔子は、子路に、どうしてこう言ってくれなかったのか、と言った。

「孔子とは、憤ったり感激すると、食べるのを忘れるほど熱い人であり、
道を究め、楽しんでいるときは、憂いを忘れ、年をとるのも忘れている人だ」、と。

怒りはそのまま外に発すると、相手を傷つける感情となる。
しかし、その感情を自ら律し、咀嚼(そしゃく)すると、「憤」という感情に昇華(しょうか)する。

憤という、発憤(奮)の材料は日常にある。

経営が苦しいとき、銀行に激しく経営責任を糾弾されたこと。
芸術家が、自分の作品を評論家やマスコミに、痛烈に批判されたこと。
スポーツマンが、スポーツ誌やマスコミで厳しい評価を受けたこと。

いわれなきことを言われた時は、怒りの感情がフツフツと湧き上がる。
しかし、冷静になり、自分を振り返ったときには、それが発憤のバネとなる。

政治も、経済も、経営も、芸術も、変化する。
しかし、どんなに世の中が変化しようと、最後は喜怒哀楽が土台となる。

喜怒哀楽の達人とは、良寛禅師のような人のこと。
時に、子どもと遊び、笑い、楽しみ、悲しいときは涙を見せ、そして当時の宗教界に痛烈な批判をする。

喜怒哀楽あふれる熱き感奮の人でありたい。



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