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2011.4.19

世の中はここよりほかはなかりけり

医師の高田明和氏の心に響く言葉より…

「世の中はここよりほかはなかりけり、よそにはゆかれず、わきにゃおられず。
世の中は、今よりほかはなかりけり、昨日は過ぎつつ、明日は来たらず」

禅では「即今(そっこん)、今」などといって、
今、この場所以外に行く場所はないということを自覚させようとします。

私たちはとかく、「もし別の仕事をしていれば、もっとうまく行ったのに」とか
「こんなところにいるはずではなかった。これでは将来がない」などと思いがちです。

このように、今やっていることに全力をあげず、別のところにもっと良い人生があるはずだ、
あるいはあるはずだったと考えるのが私たちだとも言えるのです。

このような浮ついた考えを正すために
「放られたところで起きる小法師(こぼし)かな」
(小さなだるまはどこに投げられても、そこで起き上がる)という言葉も使われます。
今を軽んじて、よそでは何かもっと良いことがあるのではないかと考えることを戒めているのです。

歌にある「わきにゃおられず」という言葉にも意味があります。
私たちはつい自分のことを他人事のように言う傾向があります。
私たちは今この瞬間の主役であり、脇役ではないのです。
自分が今、この仕事をしているのであって、他人がしているのではありません。

同じことは時間についてもいえます。
昨日のことをあれこれ考えても、もう過ぎてしまったことだ、明日のことをいろいろ心配しても、
明日はまだ来ないので何が起こるかわからないというのがこの歌の意味です。

『魂をゆさぶる禅の名言』双葉社


玄峰(げんぽう)老師がいつも口にしていた言葉が、この「世の中はここよりほかはなかりけり」だ。

静岡県の三島に、山岡鉄舟が江戸から通ったという、白隠禅師ゆかりの名刹、龍沢寺(りゅうたくじ)がある。
しかし、戦後荒れ果て無住の寺のようになってしまったのを、
歴代首相も訪ねる寺として、立て直したのが山本玄峰老師。

終戦の天皇陛下の言葉「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び」という文言も玄峰老師の進言によるという。
玄峰老師は、和歌山県の紀ノ川に、捨て子として捨てられていたが、
その後、寺の住職に助けられ、禅の道に進んだ。

「放られたところで起きる小法師かな」

人生には時として、思わぬアクシデントが起こり、試練や苦難がやってくる。
しかし我々は、どんな状況になろうと、起き上がり小法師のように、
放り投げられたところで、起き上がるしかない。

また、どんな予言者であっても、明日どうなるのか、それどころか一瞬先がどうなるのかさえわからない。
同様に、過去を変えられる人もいない。

人生は、「即今(そっこん)」
今しかないと思い定め、くよくよ心配せず、この瞬間を懸命に生きたい。



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