2011.4.11 |
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金がない、学がない、健康もない |
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福田和也氏の心に響く言葉より…
松下幸之助という人は、何も持っていない人だった。
まったくない。
まず、金がない。
父親が、米相場で失敗して無一文になってしまった。
一家は離散し、両親、兄弟を早くになくしています。
親譲りの財産も、自分のたくわえもない、まったくの無一文。
だからゼロから事業をはじめなければならなかった。
元手なんてものがないから、手堅い上にも手堅くやらなければならない。
自分のために保証人になってくれる人なんていない。
そういう厳しい環境で事業をはじめた。
自宅の土間で、ソケットを作るところから、事業をはじめた。
事務所を構えたり、宣伝したりというような事は一切しない。
今いるところで、元手なしで出来る。
そこからはじめたから強かったのです。
学がなかった。
小学校に、三年行ったか行かないかで、大阪に丁稚に出ました。
後に、電気会社の職員になり、頭角を現します。
手際がいいし、人当たりも抜群だった。
職員から技師になろうと、夜学に通うが、うまく行かない。
だいたいの理屈は解るけれど、字が読めないんですね。
何度も中退しては入りなおしているけれど、やっぱり駄目。
学がない、知識がないから、自分の頭で考えなければならない。
健康もなかった。
栄養状態もよくなかったからでしょう。
幸之助は二十代のなかばに肺を患い、敗戦後、抗生物質が輸入されるまで、治りませんでした。
容態の変化はあるのですが、酷い時には、一年ぐらい病臥している。
そうすると、経営の前線にたてない。
どうしても、人に任せざるをえない。
任せると人が育つのですね。
いい番頭を何人ももつことが出来て、これが松下電器飛躍のバックボーンになった。
金がない、学がない、健康もない。
絶望的な状況です。
そのマイナスの重なりを、全部プラスにしたのです。
何もなくても、人は生きていける、成功できるということを示してくれたこと。
これが松下幸之助のなした一番、素晴らしいことだと思います。
『人間の器量』新潮新書
現代に生きる我々は、「あるのがあたりまえ」、という時代に育った。
学校があり、住む家があり、温かい食事を食べることができ、電気も、ガスも、水道も完備している。
しかし、今回の震災で、そのあたりまえのことすべてが、あたりまえではないことが分かった。
電灯一つ点(つ)かないと、パニックになるくらい、
豊かさが身に染み付いてしまった現代人にとって、天からの厳しい教えだった。
松下幸之助翁は、ないない尽くしの人生だったという。
マイナスをプラスに転ずる、とはよく言われる言葉だが、
これほど見事にマイナスをプラスにした人はいないだろう。
現代人の多くは、打たれ弱い。
それは、「あるのがあたりまえ」の人生に、どっぷり浸かっているからだ。
「ない」ことを嘆(なげ)かず、今、「ある」ことに感謝する。
人は謙虚になったとき、成功への第一歩が始まる。
幸之助翁は、なにもなくても、成功できるということを日本人に示してくれた。
今こそ、我々は、どんな逆境からでも再建できることを、後世の人たちに示すときだ。 |
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