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2011.4.9

いま、学ばずしていつ学ぶのか

百歳になる日野原重明先生の心に響く言葉より…

「人間の死」とは何か、という対談で、松原泰道先生は初めてのお孫さんを、
誕生からわずか2日と2時間で亡くされた辛い経験を話されました。
「代われるものなら代わってやりたかった」
という痛切な言葉は、聞く者の胸に突き刺さります。

しかし、その大きなマイナスを上回るプラスを授かった、
そのことがなかったら今の自分はなかったのではないかという思うほどのプレゼントであった、
と述懐(じゅっかい)された松原先生は、1人の宗教家として、
「死」というものにどれほどの価値があるのかを考えてみたいと言われました。

このとき私は、
「松原先生の死を、お孫さんが経験してくれたのでしょうね。
人間はそういう経験を重ねて、それぞれの死生観をつくり出していくのではないでしょうか」
と言いました。

生きることの価値ということを考えたときに、どれだけ長く生きるのかということではなく、
どれだけ深く生きるのかが大切です。

たとえ延命できなくとも、人生のクオリティを高める手伝いができれば、
医学は使命を果たした、と言えるのではないでしょうか。

今でも人気の高い吉田松陰や坂本龍馬は、短命に終わったことを惜しまれていますが、
短かったとはいえ、その生涯の充実度において、
生き残った明治の元勲たちに劣っていると考える人はいません。

ルソーは、その著書『エミール』の中で、
「もっとも多く生きたひととは、もっとも長生きしたひとではなく、生をもっと多く感じたひとである」
と言っています。

『長生きすりゃいいってもんじゃない』幻冬舎


戦後最大の災害と言われる東日本大震災では多くの方が亡くなった。
そして、同時に多くの問題が我々に突きつけられた。

今、この大災害を自分のこととして学ぶことができなければ、
この時代に生まれたこと、日本人であること、に意味がないとさえいえる。

津波、地震、多くの死者、壊れた家屋、原発、放射能、電力、計画停電…

思うこと、考えることは山ほどある。

多くの被災者の、辛く、悲惨な日々を、我が事として、感じる事ができるかどうか。
本や歴史上のことではなく、生の現実を通しての強烈な学びだ。

人は、身近に死があれば、死を学び、生を学ぶ。
大病をすれば、病気を学び、健康を学ぶ。
そして、大震災に遭えば、自然の前の人の無力さを学び、当たり前の有り難さや感謝を学ぶ。

だからこそ、この今、「いま、学ばずしていつ学ぶのか」、である。
もっと深く生きるため、この震災を自らの痛みとして、心に刻みたい。



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