2011.4.2 |
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重き荷物を投げ捨てる |
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行徳哲男師の心に響く言葉より…
変化は加速する。
いまや十年一昔などあり得ない。
一年一昔、いや一ヶ月一昔、十日一昔と言ってもいい。
このような激変の時代に対応するには「今泣いた烏(からす)がもう笑う」
子どものようなしなやかさで臨まなくてはならない。
禅的な境地が必要だ。
それが変化の加速を見事に捉(とら)え切る秘訣(ひけつ)である。
変化は断続する。
切断されているから至るところに崖がある。
だから、いつでも身軽に翔(と)べることが大事である。
このような時代に重い荷物を持っていては翔べはしない。
ゆえに、いろいろな持ち物を捨てたり忘れたりすることが必要である。
これからは「忘」と「捨」の時代である。
『感奮語録』致知出版
まさに、今は大激動、大変化の時代だ。
この東北の惨事が夢であって欲しいと何度思ったことか…
我々は、この当たり前の毎日が同じように明日も続くと信じ、今日と明日は連続していると思っている。
しかし、今まで当たり前だと思っていた日常が、ある日を境にそうではないと分かる。
変化とは、今までの当たり前が途切れることだ。
特に、大きな変化の前後には、いたるところに谷や崖ができ、そこで今までの連続性がなくなる。
その崖を跳び越すには身軽になるため、重い荷物は捨てなければならない。
自分の固定観念や、様々なしがらみといった荷物だ。
かつて、日本もバブルの崩壊までは、土地は絶対に上がるという神話が何十年と信じられていた。
銀行や証券会社も倒産しないと思われてきた。
そして、今、絶対に安全と信じられてきた原発が大変なことになっている。
電信電話公社もNTTとなり、auやソフトバンクとの競争となっている。
独占的だった電力も、今後は選択可能な別のエネルギーとの競争になるのかもしれない。
これからの生き方も同じだが、大変化の時代は、
自分の重き荷物を、捨てて忘れるという、やわらかな発想が必要だ。
つまらないことにこだわりすぎたら、翔(と)びたてない。 |
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