2011.1.20 |
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自分の教科書をつくる |
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島田紳助氏の心に響く言葉より…
僕がまずしたのは「教科書」をつくることでした。
漫才には教科書がない。
だからこそ、僕は18歳でこの世界に入った時、自分で教科書をつくろうと思ったんです。
「これで勉強したら、絶対売れる」という「教科書」を。
僕は自分が「オモロイ!」と思った漫才師の漫才を、片っ端からカセット・テープに録音していきました。
そうやって録音した漫才を、今度は繰り返し再生して紙に書き出していく。
書き出すことで、なぜ「オモロイ!」のかが段々とわかってきたんです。
大阪でわりとすぐに売れ出したんだけど、それでも新人だから、会社の方が圧倒的に立場が強いわけです。
僕らはゴミみたいなもんですよ。
それなのに、当時の僕はよく仕事をすっぽかしました。
そんなことしたら、そりゃ、会社の人は怒りますよ。
「紳助は生意気でやんちゃで不良で、だから仕事をすっぽかす」
という話になる。
実は、仕事をすっぽかしたのには理由があったんです。
それは、
「勝てない現場には行かない」ということ。
いいネタができていない、または、自分たちがウケるような客層じゃない。
そういう現場に行って、他のコンビと戦って負けるぐらいだったら行かない方がマシ。
行かなかったら勝ったか負けたかわからない。
引き分け」
それは、「自分たちのターゲットは20歳から35歳の男」と決めたから。
今はお笑いも細分化されている。
でも、僕らの時代は違いました。
「漫才は子供からおじいちゃんおばあちゃんまでを笑わさなければいけない」
「誰でも笑わすことができるのがいい漫才」
でも、僕は「これからはそうじゃない」と教科書を書き換えた。
『自己プロデュース力』ヨシモトブックス
この本は、2007年3月にNSC(吉本総合芸能学院)大阪で開催された、
島田紳助氏の特別講義の内容をおさめたものだ。
DVDとして出され、経営者にも評判となり、社内研修にも使われているという。
島田紳助氏は、はやっている漫才を徹底的にリサーチし、それをテープに取り、
何度も聞きなおして、ノートに書き写した。
すると、今の笑いの流行や、リズムや、テンポ、客層、間(ま)がよくわかったという。
一見すると不良っぽくて、生意気そうに見える紳助氏が裏で、
そんな緻密な調査や勉強を重ねていることを知っている人は少ないだろう。
調査や研究もなしに、自分の才能だけに頼って漫才をやると、時たま偶然に、
そのときの流行とぴたっと合ってしまい爆発的に売れる時がある。
だが、そんな偶々(たまたま)の幸運は何回も繰り返すことはない。
紳助氏は、「自分たちは漫才は下手だった。
同じ土俵で戦ったら負けるのはわかっていた」という。
だからこそ、研究をして、戦える分野、戦える客層で勝負したのだ。
芸能界で成功したい人は、掃いて捨てるほどいる。
だが、ほとんどの人が失敗する世界だ。
浮き沈みの激しい芸能界にあって、本気で生き残ろうと思ったら人の何倍もの努力が必要だ。
才能がほぼ全てを決する芸能界。
その中で、あまり才能がない者が頭角を表すには、努力の仕方を知らなければいけないという。
ガムシャラに、寝ないで努力しても、努力の仕方や、
その方向性が間違っていたら、永久に成功への道は閉ざされる。
まさに、これらの話はビジネスの新事業開発のプロセスと全く同じだ。
それが、個人なら「自己プロデュース」ということになる。
自分のフィールドを深く掘り下げ、研究し、努力の仕方という方向性を探しあてたい。 |
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