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2011.1.6

日本の武士道精神と美意識

藤原正彦氏の心に響く言葉より…

宗教の力がそれほど強くない我が国でその役割を果たしてきたのが武士道である。
武士道は平安時代末期から鎌倉時代にかけて、「戦うものの掟」として生まれた。

それはいわば戦闘におけるフェア・プレイ精神だった。
卑怯な振る舞いはしてはならない、臆病であってはならない、という観念である。

江戸時代になると実際の戦闘はなくなった。
それとともに武士というエリート階級の行動指針であった武士道は、
物語や芝居を通して次第に庶民にまで行き渡り、戦いの掟から精神へと昇華し、
日本人全体の道徳的基準となった。

武士道の象徴は桜の花だと新渡戸は説く。
本居宣長の歌、「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂ふ山桜花」を引いている。

桜の花は、香りは淡く人を飽きさせることなく、自然の召すまま風が吹けば潔く散る。

新渡戸はまた、吉田松陰が刑死前に詠んだ、
「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」を引く。

この歌は、たとえ行き着く先は刑死とわかっていても、
正しいと信ずることをせずにはおられないという松陰の告白である。
名誉のためには死をも恐れないという態度である。

明治維新のころ、海外留学した多くの下級武士の子弟たちは、外国人の尊敬を集めて帰ってきた。
彼らは、英語も下手で、西洋の歴史や文学もマナーもよく知らなかった。
彼らの身につけていたものといえば、日本の古典と漢籍の知識、そして武士道精神だけであった。
それでも彼らは尊敬された。
武士道精神が品格を与えていたのである。

世界は普遍的価値を生んだ国だけを尊敬する。
日本の武士道精神と美意識は、人類の普遍的価値となりうるものと思う。

21世紀は、武士道が発生した平安末期の混乱と似ていないでもない。
日本の魂を具現した精神的武装が急務だ。
切腹や仇討ち、軍国主義に結びつきかねない忠義などを取り除いたうえで、
武士道を日本人は復活するべきである。
これなくして日本の真の復活はありえない。

国際的に尊敬される人とは、自国の文化、伝統、道徳、情緒などをしっかり身につけた人である。
武士道精神はその来歴といい深さといい、身につけるべき恰好のものである。

大東亜戦争で日本の配色が濃厚になった昭和初めにかけて駐日大使を務めた
フランスの詩人ポール・クローデルは、パリの夜会で詩人のポール・バレリーにこう語った。

「日本は貧しい。しかし高貴だ。
地上に決して亡んでほしくない民族をただ一つあげるとすれば、それは日本人だ」

『この国のけじめ』文藝春秋

武士道というと、死を礼賛するかのように受け取られ、拒否感を示す人も多い。
山本常朝の葉隠れにある、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」、
があまりにも有名なため、この言葉が曲解されて伝わっている。

これは、己の私利私欲を捨て、公のため、大義のため、大切なものを守るために、
死をも厭(いと)わないという、無私の精神を表したものだ。
けして死を美化した訳ではない。

海外の国々の人々に尊敬されるには、まずは語学ができなれればいけないと思ってしまう。
しかし、海外に渡った幕末の武士たちは外国語を話すことができなくても尊敬されたという。

いくら語学ができても、中身がからっぽで、伝えるものが何もない浅薄(せんぱく)な人間は、軽蔑される。
逆に外国語ができなくても、深い教養や、気品、高潔さ、気高さが滲(にじ)み出ている人は、
どの国の人からも尊敬される。

この国際的に尊敬される価値観や行動規範を武士道精神という。
高い道徳観や美意識、すなわち「卑怯(ひきょう)を憎む心」、「惻隠(そくいん)の情」、
「名誉や正義を重んじる心」などだ。

尊敬に値する唯一の国と、かつては賞賛を受けた日本。
もう一度、武士道を見直し、深い精神性を少しでも身につけたい。



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